何を書くか、何を書かないか。

70パーセントはフィクションだと思ってください。

2冊の本とグレーのスニーカー

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ターミナル駅まで見送った。手をひらひらと揺らし、下を向いてから見直すうちに人混みに紛れてしまいどれがどれだか分からなくなった。

私たちはお昼にうどんを食べ、古本屋を一瞥し、こじんまりとした駅に入った。ホームにたどり着きどちらの方向に目をやっても、雪国のような光景が広がっている他そこには何もなかった。線路はただ寒そうだった。昼下がりに覆っていた雲は、私たちが電車に乗っている間にどこかへ行き、向こう側にはずっときれいな青空あった。とても澄んでいるそれは悲しい気分にさせた。ただそこにあっただけなのに( ーあり続けるだけなのに)、このような気分にさせられるというのはいかほどのことだろう?しばらく考えていた。

わたしは別れた後、目当てのジャズ喫茶へ歩を進めた。その先にあるお気に入りの本屋には、ついでと思って顔を出した。店はいつもと変わらず賑わっていた。嬉しいことだった。昨日に続いてまた1冊買ってしまったけれど、後悔はしていない。この本は1年前に出合い「半年後覚えていたら」と言葉にして別れ、半年ほど前には「次また見かけたらよろしく」と言って見送った。きょう、再会記念ということで「めでたく」買った。気分がよかった。これは人間関係においても似たようなことが起こるうるじゃないだろうか、と会計の際にサインしながら考えた。

 

結果、本を2冊携えることになったわたしは先ほど通り過ぎたジャズ喫茶に向かった。4階にある。ドアノブが回らない。なぜか。ウエブで調べてみると「第4日曜日は休業」とのことだった。わたしはあまりショックを受けなかった。すぐに思い直し、通り過ぎて来たコーヒー・チェーン店を選んだ。小豆色の店に掲げられる名前は、イタリア語で「速い」という意味らしい。なるほど、わたしは結構気に入っている。

そこはクラシック音楽のアレンジ版を流していた。「ラ・カンパネラ」や「ノクターン第2番 変ホ長調」は耳によくなじんでおり、わたしは集中して読書に気持ちを傾けることができた。それから本を閉じ、日頃お世話になっているアップル・ミュージックにクラシック音楽用のプレイリストを作った。「新世界より 第4楽章」と「ラ・カンパネラ」と「アラベスク 第1番」は真っ先に放り込んだ。

これを聴きながら店を出ると、わたしは突然走りたい気分に駆られた。深緑のセーターに濃紺のコートを着、下は硬めのジーパンにグレーのスニーカー。そんなわたしは本が2冊入ったビニールの小袋を脇に抱え、「拇指球での接地」を心がけながら小走りで神山町、松濤を突き抜けた。すこし気品の高い夫人と、ランニングに勤しむ男性とすれ違った。やや寂れたホテル街を抜けると神泉駅が現れた。階段を駆け上がるとたまたま「各駅停車 吉祥寺行き」がホームに滑り込んできた。

流れで乗り込むと、隣に座った学生らしき男性の足元にはわたしと同じスニーカーがあった。それはわたしのものよりもワンサイズ大きいものだとみた。わたしはあれが欲しかった。