リハビリとトレーニングの間で

79パーセントはフィクションだと思ってください

それは言葉の文だしね

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村上さんが「騎士団長殺し」を出してから、その内容やこれまでの作品について触れる対談本を出された。川上未映子と、新潮社から。この本は池袋のジュンク堂で買った。4月のよく晴れた日だった。たまたま立ち寄った日が発売日だったかあるいはそれに近い日だった。ラッキーと思ってすぐに買った。川上さんは村上さんのファンであり、熱心に勉強している風でインタヴュアーとして立派な質問をたくさん投げかける。特に印象的なのは村上さんが川上さんの研究熱心な質問に対して「うーん、そんなこと(過去の小説に)書いたかなあ」と答える場面だ。過去に書いたものは恥ずかしいから読み返さないんだよね、とさらっと言いのける村上さんに対し、川上さんは何度も肩透かしを食らう。そのやりとりが面白くて、都度手にとって読んでしまう。 ◆程度は全く異なるが、僕は何年かに渡って何かを書いている。内容はまばらで統一性がない。読者なんてものはあってないし決まって固定的なリアクションがあるわけでもない。以前に書いたことは忘れてしまっている。体裁上は「生活の記録」「いつか読み返すため」と思っているけど、よほどのことがない限り読み返さない。だけどこのくらい書いていると、新しくいざ何かを書こうとしている最中に「あれ、これどこかで書いたな」と思う時がある。ちょっとした既視感だ。そしてそれはたいていの場合、以前のものよりも読みやすくなっている。文体として読みやすく感じることは自分だけかもしれないが、ごくたまにこんなことをこんな時期に書いてたんだ、とやや感心させられることもある。これは本当に自分の頭から、自分の手によって書かれたものなのか? とちょっと疑いたくもなる。でもそれが「記録」というものの本質だろう。 ◆忘れてしまうことを恐れるな。だって忘れるものだからそれを受け入れて、と言ったのは外山滋比古。私の中ではちょっとした軸になっている。安直と言われるかもしれないけれど、僕は3.11の時期が来るたびにそれに関連することを書き続けると思う。震災はあってはならなかったものであるのと同時に、あったことによって何かが変わったと実感できる重要な一つの体験なのだから。 ◆ところで話は飛躍するけれど「震災を経て日本は変わったか」という見出しにはいつも首を捻りたくなる。変わるも何も、実際的な災害で生活が大きく「変わった」人がいるのだから、議論するほどのことではないのでは、と思う。これは僕だけかもしれない。「被災地(ヒサイチ)」「被災者(ヒサイシャ)」という言葉に嫌に敏感なのは。なんだか居心地が悪い。被災された地域、被災された人々。確かに意味は通る。ぜんぜん問題ない。でもなんだろう。あの時、家屋、周辺地域が無事だった私の家から数キロのところには、甚大な被害を被った地域が広がっている。すぐ側すぐ脇に凄惨な地域があることを知りながら布団でくるまっていた時の、懐中電灯兼ラジオの取っ手をぐるぐると回しながら「安否確認不明者」の中に知り合いの名前を聞き取った時の背筋の凍る感覚は今でもまざまざと思い出すことができる。短縮語は言葉の文(あや)だし、報道上の性質でもある。でもなぜか浮かばれない。僕は被災された地域にいながらにして被災者ではなかったからだ。ここに少なからぬ文字数の、記録として残しておきたい。