リハビリとトレーニングの間で

79パーセントはフィクションだと思ってください

イケダミナミちゃんについて(ホワイトデーのイヴに書かれること)

 

仕事での文章には「抽象なもの」はいらない。だいぶマシになったかもしれないけど、ときどき「おっと、これはいけね」みたいなことが多々ある。無意識で書いているからほんとうに油断ならない。

もちろん、ここでもいらないのかもしれないけど、少なくとも誰かに注意されるわけじゃないから自由に書くことができる。もしもここで「おい、ゴミ落ちてるぞ。お前拾えよ」みたいなことをここで言われたら、それこそ枕に顔をうずめてシクシクする他ない。

学生時代の卒業論文の時もそうだったけど、日常で求められる行動の反動が「ここ」なのかもしれないと思う。それは「世界の終わり」*1という小説でいう「影」みたいなものかもしれない。

 

 

抽象的なことを書くのは、本当は骨が折れる。疲れる。気力がいる。誰も期待しているわけではないのに、見返りがあるわけではないのにやはり気を遣う。はたから見ればそれは「徒労」以外の何ものでもないのわけだけど、なぜか書いてしまう。背中の手の届かないところを無意識に掻いてしまうような感じである・・。

たまに、むしゃくしゃしている時全部削除したくなる。でもしないのだ。なぜか。経験による推測から一つだけ言えるのは、これはランニングに通ずることだと思っていて、身体の隅々から絞り出すようにして(それがたとえ何の見返りがないものだとしても)何かを書き出すということは決して退屈な「行為」ではないと思う。ものすごくイマジネーションが要り、非日常的な行為なんですよ*2

 

 

僕なんかが「僕ら」なんて言ってしまい、たいへん恐縮なんですが、僕らの世代は「漠然と思っていること」があまりにも多すぎると思う。1次情報の量に対して日々、瞬間で入ってくる2次情報が多すぎるためである。とてもじゃないが処理できない。だから短いセンテンスで「即レス」することが求められる。意味わからないけど画面の中では確実に「何かが起こっている」。別に役立たない情報がずっとフローしていく。処理できないなら開かなければいいのに、ちょっと気をぬくと見てしまう。まるで何が大切かわからない。だってみんながいいねと言い、みんながよくないねというから判断力が身につかない。でもそれに違和感を持っていたら、スルーすればいい。そうすれば自分に被害はない。そこにだけ「いなければいい」のだから。

送られてきたスタンプに込められた意味は、受信者側が勝手に考えればいい。それに対しスタンプで返し、送信者から今度は受信者側になる。どんどん「ずれ」は大きくなっていく。でもその「ずれ」が面白かったりする。「ウケればなんでもいい」。「漠然とした思い」は「なんかウケる」でそのつど、刹那的に消費、精算されていく。お釣りがあるけど気にしない。だって、お釣りは募金すればいいのだから。

「漠然とした何か」は言葉にされなければならないと思う。何か形に残ればいい。何か言葉や形にしようとしたという「事実」が残ればいい。学生の頃から思っていた。推測を書く。親の世代までいかなくとも、われわれの上の年代の人は時代に即した形で、「思いにならない思い」を何かの形にしてきたはずだ。

夜な夜な、今はすでに閉鎖されてしまった掲示板やウエブサイトにふつふつと思うことを書いていたかもしれない。インターネットが発達しなかった頃には雑誌や新聞の投書欄の宛先をみて「他の人には理解されないかもしれないが自分にとっては重大な何か」を、匿名という手法をとって書いていたかもしれない。訳のわからないことは訳がわからないまま誰かの目に触れ、誰かにとって「共感できる何か」になった。

「文通」が流行っていたぐらいだ。顔も知らない誰かに対し、おそらく直筆の文章が送りつけられていた。かたやウエブが発達した現代で、顔も知らない誰かにちょっとしたリアクションを示すことが非難されていいはずがないと僕は思う。

そういった「事実」はきれいな言葉で言えば「思い出」に変わるし、現実的な言葉で言えば「過去にはそんな体験があったんだよ、坊や」で済まされるのだろう。そういう実体験のプロセスは抽象的かもしれないがどこかで目を覚ます。「顔も知らない(あるいははるか遠くの)誰かと繋がった」という感覚はなかなか消えなくて、手のひらの中で温もりを持ち続ける。ほんのり温かくて、たまに思い出すと胸が熱くなる。

 

 

文脈的にも時期的にもあまり関係がないが、一つ書いていく。

僕が初めてバレンタインデーのチョコをもらったのは、イケダミナミちゃんという女の子からで、僕らは小学二年生の時だった。彼女はよく周りから可愛いと言われ、僕は彼女のクラスの前を通るたびに、教室の隅っこに座るショートカットの彼女をみていた。ただみていた。幼稚園は一緒だったが、これと言って何かの話をしたという記憶はない。

その日の放課後、僕は教室に教科書を忘れたので帰り道を引き返して学校に戻った。階段でミナミちゃんにすれ違った。何も話さなかった。僕の教室には女子が2人座っており、下校を忘れて話に盛り上がっているようだった。僕はブツを取り、教室を出て、トイレで用を足した。階段を駆け下がった。下駄箱にミナミちゃんを見かけて、僕は話しかけようか迷った。なぜ話しかけようとしたのかは思い出せない。その時の僕が直感的に思ったのは、「ミナミちゃんもひょっとすると僕に話しかけようか迷っているように見えた」ということだった。

僕らは互いに違う色のランドセルを背負い、お互いの存在に気づき、何秒かたち止まった。僕が靴を出し、そこに足を入れようとかがんだ時、ミナミちゃんは僕の目の前にチョコレートを差し出した。僕は驚いて何も言えず、しかしながらそのチョコはしっかりと受け取った。ありがとう、は言えなかった。何と言えばいいか判断がつかなかった、というのが正確なニュアンスであろう。

ミナミちゃんは何も言わずスタスタと昇降口を抜け、帰っていった。僕とミナミちゃんは住むところの地区が違っていたので帰り道の方向が別だった。僕はミナミちゃんに話しかけることができなかった。彼女は結局、新学期が始まる頃に千葉だか何処かに転校してしまっていた。そのことに気づかないまま、何も言葉を交わさないまま、彼女はどこかに「いなくなった」。彼女がどこかに転校していた事実を知ったのは、5月のよく晴れた運動会の予行練習の時だった。

とても悔いている。僕と彼女の接点といえば出た幼稚園が一緒であり、ただ同じ小学校にいるという事実だけだった。なぜ彼女が僕に、2月中旬の放課後にチョコレートを渡さなければならなかったのか。今でも判然としない。まるで判断できない。あの瞬間に見えたミナミちゃんの横顔と足早と去っていくところを考えると、ミナミちゃんは僕なんかではなく別の好きな男子にチョコレートを渡せず、仕方なく(義理チョコとはまた違った形で)僕にくれたのだと思う。それ以外に考えられない。しかしまあこれも不思議なことに僕はミナミちゃんが笑顔でいたところを思い出すことができない。

 

本来であればこの文章をちょうど1ヶ月前に展開したかったのだけど、僕は精神的にも肉体的にも荒んでいてそれどころではなかった。だから、誰にもお返しする必要のない今年のホワイトデーのイヴ*3に書き下ろしている。唐突に思い出されてしまったイケダミナミちゃんは元気だろうか。

 

 

 

 

*1:とハードボイルドワンダーランド

*2:ラソンの話①に引用した村上さんの後日附記

*3:イヴ=前夜