「僕」と「私」と「わたし」の記録

87パーセントはフィクションです

酒と愚痴とそれ

f:id:masa1751:20170918000858j:image

 

学生の頃はそれなり、社会人になってからなかなか、ビールを飲んでいる。初めっから好きなわけじゃなかった。はじめは、なんでこんなに苦いんだ!って叫びそうなくらい苦くて、とてもじゃないけれど「喉ごし」なんて感じる余裕はなかった。しかしそのうち「苦い=美味しくない」という鉄板な感想を口することに対していささかなりともプライドが許さないな、と思うようになった。(そんなプライドは元からないといえばない…) もちろん今思えば、である。このように、もうすこし違った言葉でビールの感想を表現できないか、というのがビールと私の関係が拡がった瞬間だと思っている。

どうしてこんなに苦いものなのか?という「問い」にはじまり、ビールはビールでも苦くないものもあるのではないか?という建設的なそれに傾いていった。たまたまビールが好きな先輩に巡りあい、ビールを何種類か紹介してもらった。ぐっと一杯。するとどうだろう「苦い!」という感想は一言足りとも出てこなかった。冗談抜きで、である。とっても安直だし、こう言ってしまえば陳腐なんだけど風味や香りがすごい。それがいまになってわかる「ホワイト・エール」や「ペール・エール」である。これは正しいかどうかわからないけれども苦味というのはその色の白さ、反対に黒さで決まっているものなのかもしれない。「ロースト」や「スタウト」という類は、そのまんま黒く、コクという言葉で表現されようか、自信ありげで確かな苦味をしっかりと含んでいるような気がする。(よくわかっていないけれどここまで来た。)

私が日々ビールを飲むために歩くというのも、まあ嘘ではない。少しでも冷えたグラスに、キレイに注がれるビールを目当てで歩くのはそこまでの苦労ではない。それよりか、ここでいいかと妥協しその場しのぎ程度に入って500円〜1000円の少なくないお金を払ってしまうよりか、楽をしない方がずっと精神衛生的に良い。おいしくない、あるいは綺麗に注がれないビールにお金を払うほど私は優しくないし、懐もあたたかくない。それならば多くない知識とインターネット活用術を駆使して、何してでも「いいビール」に出会えないかと日々汗を流している。*1

 

とまあ、ここまで来たのだけれども、単にビールが好きだということを言いたかったわけではない。最近はさすがにカクテルも飲めなければ、と思っている節がある。理由はなんとなく、である。私に、しっかりとビールが飲めるようになったタイミングが来たように、しっかりとカクテルが飲めるタイミングが来るのも、考えてみればおかしいことではないだろう。おそらくここが分領水だ。

カクテルと聞くと、逆三角形の形をしたグラスに注がれる半透明な青だったりオレンジだったりの、バーテンダーがシャカシャカと綺麗にシェイクされるそれが思い浮かぶギムレットソルティドッグジントニック。ここら辺までなら飲める。ウォッカといえばそれはロシアのもので、ロシア人の美人教師は私に「ヴォートカ」と正しく言い直させた。それ以来私の中ではなんとなくウォッカという単語を耳にするたびに「ヴォートカだよ」と言いなおす。

そういえば彼女が私に、なんとなしに教えてくれたことがある。「美味しい食べ物はビールと一緒に飲まない」。はじめは疑っていたが、しばらくして昨日か、おととい「確かにそれもわかるかもしれない」と思った。私にとってちびちび飲むことができないビールではおいしい食べ物も味わって食べることができない。流し込むことができても、口にふくんでじっくり咀嚼して飲み込むことができない。私にとってビールと食事は、シチュエーションとしてはいい雰囲気は感じられても、味わって食べることができていないな、と思わされる。反省すべきである。えだまめ、ミックスナッツ、焼き鳥、タコわさび、ウインナー。すぐにお腹がいっぱいになってしまって残しそうにしてしまう。

 

私はお酒は好きだが幾分頑固な風があり、いつでも、なんでもかんでも呷ってやれるわけではない。気分よくいくらでも頂戴!というときもあれば、一口飲んで「やっぱり今日は失敗。飲むべきじゃなかった」と一杯目から帰り道を懸念しているときもある。そういう意味で私にとってお酒とは、メインとしてビールとは賭け事(ギャンブル)なのだ。

 

そういえばもうひとつ付記しておこう。こないだ北区のある駅近くで飲んだ時のこと。友だちの愚痴を聞きながら飲む酒はまったくをもって美味しくなかった。それもまたすべて重い話であり、私にどうこうできるレベルではなかった。よくもそんなに集めたな、と思った。ビールの味なんて何一つわからなかった。そんな時は流石の私も一杯きりでやめ、代わりにジンジャーエールをチョイスした。

愚痴にはいろんな程度、いろんな問題があるけれどもやっぱり自分の質が下がるといかあまり良いものではなかった。なんだか、自分まで悪い人間なんじゃないだろうか、と思わせられるほどの引きずり込まれ方だったからだ。

 

 

 

*1:嘘だ。