「僕」と「私」と「わたし」の記録

87パーセントはフィクションです

雨の日に

だめだ。なんも書けやしない。4つ思いついて、その4つとも埋もれちまった。

 

 

 *  *  *

 

 

昨日、職場の人とランニングイベントに出て、そのダメージが思っていたものよりもはるか上を行っていて、今日一日を途轍もなく自堕落な生活にしてしまったわけだけど、昼過ぎ、純喫茶に関して記述されるおもしろいブログを見つけてしまって、僕はずっとそれを読んでいる。進んでクリックしてみると蕨やら川口やら浦和が紹介されていて「そんなところにあったのか。行ってみようと」という気分になった。でも外は雨。濡れるのは散々だから、昨日の夜から来ているパジャマを脱ごうとしなかった。

日が暮れると風が一層強くなって、雨がバタバタとトタン屋根*1を打ち付けるようになった。ベランダに出てみると「空気が美味しい」というよりか「部屋の空気が美味しくない」。なんだか急に「これはいかんぞ」と思えてきて、読んでいた雑誌とPCを閉じてカバンに入れ、シワついたパジャマを脱ぎ、冷めたコーヒーを飲み干した。黒のパンツに脚をそっと入れ、大学一年の春から来ているグレイのマウンテンパーカーを羽織った。

 

玄関のドアを開けると雨はさっきよりも一層強くなったように感じた。でも、頬を撫でる夜風が妙に気持ちよくて、思い切ってパジャマを脱いだ自分を褒めたくなった。新鮮なような、そうでないような空気が全身に一気にゆきわたった。裏にあるバス停まで駆け足で向かい、ちょうど来るそれに乗った。

浦和駅前で降りると、さっきよりもまた雨脚は強くなったように感じられた。でも安心。宇都宮で買ったゴアテックスの革靴は水を通さないのだ。本当だ。これは本来登山用のマウンテンパーカーなどに使用される素材で、汗などの内側からくる水分と雨などの外側からの水分とではそれぞれ大きさが異なるので、内からは発散できるが外からは入ってこない。なかなか疑りぶかい私でも、履いてみて実感、謳われた効用は嘘ではなかった。27000円払った甲斐がある。 

すこしだけ浦和を歩いた。しかし目当ての店は全部閉まっていた。残念だが仕方ない。仕方なくぶらぶらした。靴の中は濡れなくても、くるぶしなど足元は濡れるに決まっていた。さすがにそこまでは防げない。

こんな雨の日にぶらぶらしているのは私ぐらいしかいなかった。少なくとも、主たる目的を失い、無目的にはいれるところ探してために悠々と歩いているのは私しかいなかった。商店街で私は蝙蝠傘をさし、時折ひたいに雨粒を当てた。聴いていたエラ・フィッツジェラルドの曲をとめ、まちの音に耳を傾けた。ほとんどは雨の音しか聞こえなかったが、よーく耳をすませて見るといろんな「まちの声」が聞こえて来た。キャッチに元気がなかった。

輝いてみえる商店街を歩くと、私はどうしてあんな辺鄙なところに住んでいるんだろう、と悲しくなった。言っちゃあ悪いけど、そこに住んでいることが貧しいことそのもののように思えた。都内にある友達の家にいったり、下町で飲んだりするといつも思う。こんな商店街がほしかった、と思う。家から駅までの通勤路にろくな食事処がない。小学校とコンビニしかない。こんなところを勧めてきた不動産に怒りがこみ上げて来た。でも思う。けっきょくはその意思決定を行なった自分が悪いんだと。悪くとも悪くなくとも、少なからぬ責任は私にあるんだね。それにしてもはやくこの駅周辺の地区から出たい。早く浦和に住みたい。年明ける頃にはできるのかな。

 

ノルウェイの森読もう。

*1:自転車置き場