「僕」と「私」と「わたし」の記録

87パーセントはフィクションです

脱 わたし

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祖父母の家で缶ビールを飲みながら物思いに耽り小さい機械のパネルを撫でている。ここに来ると特に頼んでもいないのにキリンの三百五十ミリリットルの缶が用意されている。祖父は一人で飲むのは好まないはずだった。酔っている。

 

わたしはわたしで、このわたしから抜け出すにはどうしたらいいか、ここ数日思いあぐねている。もし仮に、わたしがわたしらしいわたしを好まないとき、わたしはわたしを脱却しなければならない。*1それはつまり以前までのわたしを否定するプロセスが必要になる。わたしがわたしであるという肯定は、なにかしらの拍子で迎えた経験によってボロボロと崩れていく。とても脆い。この十四日間は、厳密にいうと十五日間は、わたしにたいへん大きな影響を及ぼした。もしかするとそれは迎えるべきではなかったかもしれない、と思わせるほどの出来事だった。わたしがいままで積み上げてきた諸々の出来事を一掃してしまうような ーもしかするとわたしは積み上げてきていなかったのかもしれない、破壊力を持ちあわせている。とんでもない世界に飛び込んでしまった。

ユメマボロシみたいな二週間だった。

 

 

仰向けに寝転がると星が見える。わたしの父が以前つかっていた部屋の天井には星が貼ってある。日中や電機的な光を吸収し、暗闇になると発光する蛍光的なシールだ。小さい頃、この米粒ほどの光みたさに祖父母の家にゆくのを楽しみにしていた。母の指をギュッと握りしめていた頃かもしれない。山形へ向かう道中、車の中では絶えず宇多田ヒカルのAutomaticが流れていた。

厳密に言うと宇多田ヒカルのファースト・アルバムだった。First loveもそこで聴いた。窓に顔を当てていた。どんどんと追い越し過ぎてゆく細長い街灯の影がわたしの顔を何度も撫でていく。

わたしはあの瞬間が好きだった。今この歳になっても夜道をある程度高速で駆ける時その時のことが頭をよぎる。

 

交通事情を総括として、車について学ぶということは、いままでの人生を振り返ることに近しかった。近代化を果たした(?)この現代社会はやはり車社会である。いま人は車とネットを持っていないと生きてゆけない。頷ける社会問題だと思う。現に、小説を読めば車の描写が出てこないなんてことはあり得ないし、テレビではどこそこも素知らぬ土地の追突事故のニュースを目にしないこともない。自動車学校で車社会について学ぶということは、いままで生きてきた過程をすこしずつ、それもかなり断片的に振り返る作業に等しかった。あの出来事は、あの作業は、あの行為は、そういう意味があったのね、というふうにおさらいし確認することが求められた。もしかすると求められてはいないのかもしれないが、わたしなりに理解を深めるためには行為としては適切だと踏んでいた。

不可解だったことをおさらいし確認することは、どんな人であっても不愉快なことではないだろう。

 

免許合宿を舞台としてわたしの周りにあらゆる登場人物が生まれた。さまざまな境遇、つまりは多種多様な人生の機微を味わってきている人間に出合った。この表現は思いがけずしてよくないものかもしれないが許してほしい。その時わたしは不特定多数の人間に頭を下げる。どれもこれもたった一つの目的があってのためだ。さきに断じておくとネタにしたくて免許合宿に行ったわけではない。極めて不可避な出来事だった。

わたしはいつかひとつの物語を書きたいと思っている。そう強く願っている。わたしはそこに彼らを登場させたい。それは「是非、登場させてね」という彼女の声に答えなければならないということだ。決して上からの目線、立場ではなく、対等に生かしたい。その証左としてそこに、時間の止まったわたしも生かせる。

理科系を好まないわたしがものづくりをしたいと必死に欲しがっているのだ。それも根本の考え方がおかしいだけなのに、なぜか誇らしく胸を張って口走れる自分が不思議でしょうがないのだが。わらけてくる。

 

相変わらずくれない。とてつもなく無数の宣言の通り。どこかで一緒に見た光のそれと似ている。そいつは目が悪くて、よく見えないと嘆いていた。

*1:わたしがわたしを脱却するというのはそれなりに難しくなく常に流動的に起こっていると思う