「僕」と「私」と「わたし」の記録

87パーセントはフィクションです

ソフトクリイムの想い出

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合宿の中日に自由時間が与えられた。北斗市からスタートし五稜郭近辺、赤レンガ倉庫、函館山の麓に足を運んだ。函館市内を探索、丸一日かけて堪能した。とにかく断片的に置いていくので、随時思い出したら別ページで更新をする。

 



照れ屋


シアトル生まれの某コーヒーショップで珈琲を嗜んでいるとけん玉を披露し合う老夫婦が視界に入った。婦人はカチ、カチ、コン、カンといっこうに剣に刺すことができない。すると彼女は、初めてなのよと恥ずかしがりながら言う。玉の色鮮やかなけん玉はすぐバッグの中に帰ってった。



バーチャルとリアルのはざまで


向かい合って座る専門学生と思しき女子2人は終始、多機能型携帯電話の液晶画面を見つめ続けていた。僕が滞在してから彼女たちが退室するまで15分はあっただろうか。それから目を離すことなく会話が繰り広げられていた。(もしかしたら目を離していたかもしれないだろうが、にしても画面への執着ぶりは凄まじかった。)実に見事だった。片方が愚痴ろうが問いかけようがお構いなしというところ。頷き、相槌を打ち、愚痴には同情する。青森を思わせる流暢な訛りは魅力度を高めるだろうに…と僕は思うだけ思った。現代に生きる女子という生物の闇を知った。



だだをこねる少年


連れてきた大人はきっと両親ではなく、祖父母なのだと想像した。ハイカラで洒落ている。その少年は、〇〇フラペチーノの類は温かいものだ、と思っていたらしい。その発想、想像力、先入観は恐ろしい。その後も一貫した生意気さで仕舞いには一口も手を付けなかった。けれども祖父母は終始嫌な顔一つせずに笑っていたように見えた。その笑顔に少年は救われたのか、どうなのか。



ソフトクリイムの想い出


ソフトクリイムは甘く冷たく柔らかく、アイスクリームの類いの中では一番に好きだ。一口目が正に至高である。背丈も小さい頃、おつかいのついでにと祖父によく連れて行ってもらったおもいでがある。それはご褒美という存在で、五段にも重なり渦巻かれたソフトクリイムには取り分けて思い入れが強い。少年時代の僕は、バニラ、チョコ、ミックスとあったなら、必ずと言っていいほど3番目を指差した。それが自然に得だと思っていた。


五稜郭を一望できるタワーでは、バニラ、メロン、ミックスが売られていた。オトナになった(?)いまでも、少し迷いはあったものの、キチンと3番目を注文した。この地に命を落とした土方、榎本を思いながらミックスを懸命に頬張った。

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