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ストレスについて考える

 
 

今日はストレスについて考えようと思う。自分は、周囲の人間関係や世相を評論したりできる専門家ではないので、その辺のところ、身勝手な言い回しなどはお許しを願いたい。

 
 
 
実家に体重計があった。高校生になるころにはデタラメな数字しか出さないものだから壊れたものだと家族も判断していた。1人暮らしをして体重計を買った。買って数ヶ月、順調に計る習慣がついていたのでヨシヨシと思っていたところ、いきなり変な数値を示すようになりそれっきり部屋の隅に置くようになった。今日、埃をかぶった体重計を出してきて、微調整してやると普通に体重が計れるではないか。しまったと思いながらまた継続して図ろう、と思い直す。問題はその計って出た数値だった。
 
 
体重計「75.0」
自分「..........ん?」
 
二、三度計ってもそうだったので、そうだったのだと思う。冬季でも出なかった数値を目前にして立ち尽くした。
昼食はサラダとフルグラにした。
 
 
 
 
人間は、ストレスを抱えるとそのストレス反応に対して何か処方箋をやる。食に走ったり、タバコやお酒など嗜好ものに走ったりもする。その時は解消出来るんだけど、問題はその後。そこで得てしまった養分は養分となるのかはたまた毒となるのか、その時は大変に分かりずらい。自分も一応人間なので、ストレスを反応として受け取った時にはどうにかして逃避していたんだと思う。そもそもストレスを感じない人などいないのでその都度にやるせない逃避行をしているとも考えれる。
 
 
 
 
「今でしょ」でおなじみの林先生は、自身が過去100kgオーバーだったことに対して、「ストレスで太ったのか?」とインタビューされたところ、「ストレスはノンカロリーです」と断言している。ストレスを感じたことに対して「食べる」を選択した自分が太っていくだけ。ストレスの所為にするな、と口調を強めてた。
 
 
 
 
 
過去に、本当にひょんな一言で相手を傷つけてしまったことがあってその後お別れを余儀無くされてしまったことがある。その事にひどく後悔していた自分は、いまだ一週間にいっぺんは思い出されてしまう。そして、胸が嫌らしくドキドキしてしまう。変えられない現実に対してストレスを感じていることは間違いないと思う。
 
 
 
 
僕は、なかなか広いゴルフ練習場にアルバイトとして雇ってもらっている。会社勤めで疲れた顔をしてやってくるリーマン達が19時頃を境にしてごそっとやってくる。すごいストレスを抱えているのかな、殴り書きで署名して打席を選択して札を奪うようにして持っていってズカズカとカウンターを後にしていく人がいる。大半はいい人で笑顔で挨拶も返してくれるしやっているこっちの身としては助かるばかりだ。けどやっぱり、世の中にはストレスを強く感じている人は多いんだ、当然のことながら。色々な人と対面する度に、この人はどのくらいのストレス抱えているのかなと考えるようになった。顔色を伺うとまでは言わないけれど、ひっそりと確認していることは確かだと思う。
 
 
 
 
ソーシャルメディアを何が気持ち悪いか(2014) :香山リカ」を読み始めた。そこには、「SNS」を主としたネットワークの在り方やそこに求める自分の居場所などに「あらゆる形のストレス」を感じてしまう現代人について詳細に分析がされている。「SNS」に日常生活を征服されてしまっている人は、一度読むといいと思う。ストレスを感じている人には好い指南書になるだろう。こんな部類の人間にはなるまいと思っていたら、まぁまぁ自分も当てはまるじゃないかと冷や汗をかくことになる。
 
 
今となっては殆ど見なくなった「Twitter」も、考えれば考えるほどに存在自体が病理的だと思うようになった。いろいろな情報を得られる点は優れているけれど、その弊害が余りにも大きすぎる。気をつけて利用しないと、気づいた時には利用される側になっているかもしれない。
 
 
 
 
 
やっぱり、自分なりのストレス解消方法を編み出さなければならない。それも、その解消方法がなるべく「無毒な」もの。寧ろそれが体調をより優れるものにしてくれたら尚よしかと思う。自分は、専ら読書に勤しむことだ。ストレス解消になることへ対する科学的データも出ているらしいがそこらへんは割愛する。活字に集中すると、今ある不満な自分から一時的に離脱することが出来る。読み終えた時脳の中がスッキリと晴れて、何かに取り組もうと思える自分を再構築することが出来る。
 
 
 
 
 
 
 
バイトから帰ってきて再度計ってみると
体重計「72.5kg」
自分「.....んんん?☺️」
 
 
となった。