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カルテッーーーーーーーーーート!

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僕は別に「ビジネスのために新聞を読んでいるのではない」。ビジネスに読もうが趣味で読もうが、暇つぶしに読もうが関係ないと思うんだけど、どうしてそう、何もかも押し付けるんだい?それが40年前にあたらしい社会を作り上げてきた君らの悪いところだ。

 

 

 

 

 

他人の香水(オーデ・コロンでもパフュームでも、フレグランスでも)の匂いを嗅いで、それがどんなデザインや形の小瓶に入っているのか想像してみる。すると知らないうちに、その人がそれをどんな経緯で買ったのかまで考えてしまう。買ったその日は雨が降ってただろうか。それとも晴れていただろうか。もし通信販売で購入していたらおもしろおかしい。電話か、PCか、雑誌か。

 

 

 

 

下りの電車を待っていた。前に並んでいた男は動きだす電車にカメラを向け、大きく息を吸い込んだ。集中して4、5枚撮った。息を吐いた。それから数秒間を置いて、電車の(進行方向としての)お尻を撮った。彼は満足したのか、丈夫そうなバッグに黒光りする撮影用精密機械をしまった。そしてまたもう一度、大きく息を吸い込んで、吐き出した。

「フウーーーーーーーーー」

 

「ハアーーーーーーーーー」

 

 

 

 

隣には老婆といって相応しいような様相の女性が、比較的大きめな(私が大きく手のひらを広げるそれよりも大きい)巾着袋を抱えこみながら背中を曲げていた。その姿はまるで、もとから背骨がないように思わせた。電車の揺れに合わせて何度か私の肩を小突き、私もそれに合わせて目を覚ました。数えたところ4回だった。途中の駅でごっそりと人が減って、そのぶんだけ人は入ってきた。数えてみると14名、この車両に14名の新しい人が入ってきた。それは皆女性で、確かに出て行った人たちも皆女性だったかもしれない。前にずらりと7名女が座っていた。うち3名は本を読み、2人は携帯をながめ、1人は化粧をした。

 

私はこの車両が、じっさいのところ女性専用車両だったことを考えた。まいった。老婆の反対側に座る女性は、良い香水の匂いを香らせていて、それはきっとものが良いというよりも、つけ方が良いことを感じさせた。その香りは私を余計にドギマギさせた。ひや汗が出てきた。眠るしかない。時刻は午後3時38分…。

 

 

私がそれまで案じていたことは二つあった。

 

一つはこの老婆の背骨の有無について。

もう一つは、一緒に乗り合わせた電車オトコがどこにいったのかについて。私は老婆をまぎれもない老婆だと思っていたのだが、その臆測は外れた。老婆は男だった。それが顔を上げたとき、雑に伸びたヒゲが見えた。また目の奥には何か澱んだものが見えた。(見えてしまった)なぜ目が見えたかというと、私が読んでいた本の背表紙を確認するように、そしてそのついでに私の顔を点検するように、グワッと覗き込んできたからだ。

 

一方で電車オトコは、私から死角になっていた優先席で、口をあんぐりと大きく開けながら寝ていた。オレンジか、あるいはみかんが入るような大きさだった。グレープフルーーーーーーーーツは難しいかもしれない。とても深く眠っていた。

 

私にもあれぐらい図太い神経がほしい。なるべく隔日で使いたい。取り外すことができて、洗浄も可能、乾かし、週末にはきちんと充電をするのだ。カチッ、パチッ、トントン。

 

 

 

 

よく人は私に「私匂いフェチなんです!!!!」と言った。形相を変えて言った。あれはどんなアピールだったんだろう。首元を差し出すか、首元に顔を押し付けるかすればよかったのだろうか。

 

だからどうした?ということなんだけども、とりあえず「どんな匂いが好きなんです?」と返答した。すると匂いフェチ曰く、いろいろな匂いに関する信念を口にしてくれた。それはそれで、彼らの素性や趣味嗜好がわかって楽しいんだけれども、その匂いフェチを傾聴して得られる情報が何かの役に立った試しはない。残念だけど。金木犀の香水があるんだ!という情報でさえ、私が中学2年生の時に、知っていたことだった。ちなみにフェチ(フェティシズム)とは以下のようなことらしい。

 

 

フェティシズムfetishism)とは、人類学・宗教学では呪物崇拝、観点から ソーシャル、経済学では物神崇拝と訳される。 また、心理学では性的倒錯の一つのあり方で、物品や生き物、人体の一部などに性的に引き寄せられ、性的魅惑を感じるものを言う。 極端な場合は、性的倒錯や変態性欲の範疇に入る。

 

 

これは、病気や障害の一つであることもあるし、「崇拝」や「変態」というワードが飛び交うので、このコンテンツに関するワードを安易に使ってはいけない。(ちなみに私は、濡れ髪と泣き顔と足首に、しばしば引き寄せられる。)

 

 

 

自分が酔っているときは気がつかないのだろうけども、電車乗っていると、ひどく酒臭い客がやってきては私の前にどっしり構えることがよくある。そしてそれは「よくある」から困っている。あの無神経さが自分にも備わっている、と思うと、なんだかいたたまれない気分になる。運賃を倍近く払ってもいいから、無臭にしてほしい。そして酒臭い彼らも、運賃を倍近く払い無臭にしてほしい。券売機コーナーや改札のピッするところにセンサーをつけよう。それで仕方なく、いや、否応無しに運賃を倍近く払おう。

 

 

 

別に私はストレスを発散するためにビールを飲んでいない。けれどもビールは私に、よく飲まれたがるので、私は好きこのんでビールを選び、飲んでいる。ビールはビールを飲みたい人が飲めばいい。

 

一夏中かけて僕と鼠はまるで何かに取り憑かれたように25メートル・プール一杯分ばかりのビールを飲み干し、「ジェイズ・バー」の床いっぱいに5センチの厚さにピーナツの殻をまきちらした。 『風の歌を聴け』p15 村上春樹

 

 

 

 

この私が世の中の大事なことを何もわからないうちは、おそらく、ビールと本とガソリン代や電車賃に有り金をはたいていると思う。それがよくないことだと気付くのは、おそらく遠い先のことだろうけれども、一方で、よいことだと解るのはきっと近い未来のことだと思う。

 

ところでさっきから足がかゆい。いちご畑で刺された。

「アブやミツバチはいますが、威嚇しなければ何もしないから…」

パートのおばさんは私が小学校の理科でも習うような説明をして、ビニールハウスに招き入れた。そして私は、アブでもハチでもない、足の長い蚊に刺された。痒い。

 

 

 

 

軽井沢に行きたい。大きめのスプーンで、冷製スープをすすりたい。トマトでもほうれん草でも何でもいい。豊かな緑を眺めながら(今度は雪は要らない)自由に飛び回る鳥達を応援しながら、冷製スープをすすりたい。

 

ドラマ「カルテット」は最高傑作だった。経過する時間がそれを証明している。何が好きかって、主題歌の流れるタイミングが秀逸だったこと。これは「あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない」に使われた「seacret base ~君がくれたもの~」やガリレオ・ガリレイの「青い栞」の時にも似たようなことを感じた。

 

カルテーーーーーーーーーーット!

 

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