「僕」と「私」と「わたし」の記録

87パーセントはフィクションです

Who am I ? からはじまって、すこしだけ狂う。なんでもタイトルに書けばいいわけじゃないって知ってるけど楽しくてしかたない

 さて、僕はなにものなのか、自己紹介しておきます。

 

 

 

   *****

 

 

 

 僕はいま大学3年生で、ことしの春から4年生に上がる。よてい。

 

 すきな食べ物は、たくさんあるけれど、無意識的に「オムライス」と言っているような気がします。でも、ごくたまに「ぎょうざ」と答えるときもあります。

 

 僕の通っていた高校は、「普通科」のみのところで、建前では「部活動推し」していましたが、僕が高校2年になった時に変わった校長先生の意向で「部活動推し」はよくない、という風潮が校内に流れだした。けれど、僕はもっぱら陸上競技に没頭していて、勉強は二の次。テストさえ何とか乗り切れればといつも考えてた。

 

 いまとなっては、「勉強させてください」とほざいている。こわい。土下座してでも勉強したい。中学生高校生の頃の自分よ、見てみろ。

 

  *****

 

 初恋の相手は、2歳からの仲の子だった。僕は全く覚えていないんだけれど、小1のある日、その子ともう一人の男の子と3人で公園で遊ぼうってなった日のことだ。家のすぐ近くにある公園から道を一本はさんで建っている市民センターのような建物には、おおきな木が一本立っていて、その木の陰でしたのが、はじめてのキスらしい。その遅れてやってきた男の子曰く。当の本人は全く覚えていないけど、その相手女の子はすこし覚えているみたい。僕は、幻のファーストキスって呼んでいる。嘘だけど。

 

 その子は、小2の6月くらいに北に引っ越して、僕は1週間ほどショックで立ち直れず夜な夜な枕を濡らしていた。しかし3年ほど月日が経って、小5の9月にカムバック宮城。また泣いてよろこんだ。そこから中1までに5度ほど思いを告げたけど、すべて敗れ去る。高校に入り「彼氏が出来た」という風のうわさに心落ち着かなかった春先。仲の良かった友だちを連れて、その子に誘われた定期演奏会に足を運ぶとそこには古くからの友人、あの出来事の目撃者である彼がいた。とてもばつが悪そうにしていて落ち着かない様子だった。どうしてか気になったけれど、聞かず挨拶だけをしてその場では別れた。どうやら彼と彼女は付き合っていたらしい。しかし、すぐに別れたらしい。

 

  

   *****

 

 

 小6の時の担任の先生はとても怖い女の人で、僕はいつも怒られてばっかだった。なんでそんなに怒るんだろうとおもった。風邪で休んだから、昼休み女子の友だちに図工の製作を手伝ってもらったりした時や、せっかくの修学旅行でワクワクしながらバスに乗っていたとき、隣に座った友だちと席を1個交換しただけでえらい怒られた。

 

 奇しくもその先生の名まえはうちの母親のと同じで、それがその頃なんとなく嫌だった。でもなんでか、卒業シーズンになる頃、この先生と離れるのが寂しいって思うようになった。容姿はきれいっていえばきれいな感じで、でもいつも怒ってばっかりいて思い出すのはしかめ面ばっかり、いつも自分の子供の話しかしないし、授業の風景は全く思い出せない。

 

 あと、憶えているのは「小学生の先生になるときに一番苦労したのは勉強とかじゃなくて、字をキチンと教科書どおりに書かなければならないから、1週間くらいぶっ続けで黒板で字を書く練習をしたの」みたいな話だった。それに対して、あまりいい返事はしなかった。それで黒板で字を書くのは案外難しいと知った。うまい人はうまいんだけれど。

 

 

  *****

 

 

 けどそんな先生と約束したことがひとつあった。「プロ野球選手になって、先生を球場に招待すること」だった。いいや、別にロマンチックなことを言いたいわけじゃなくて、現実って恐ろしくて、はかなくて、胸がかきむしられるほどにつらくなるなあってこと。それでも、子供のころからの夢が叶う人はそれなりには存在する。

 

 小6の冬、巻物式の自伝を作った。20歳の自分へあてたことばはなんだったか思い出せない。あの巻物がどこへいったのかもわからない。でもたしか、将来の夢は「プロ野球選手」で「先生を球場へ招待する」ということだった。

 

 あの頃、大好きだった野球は、いまはすでにやっていないし、ボールを手に取ることすらしていない。当たり前だけど、プロ野球選手なんてなりたいとも思うはずがない。人は変わるというけど、あまりにも残酷すぎる。こんなのはありか?

 

 そして、いまは手に何も持たず走っている。何がたのしいの?と訊かれる始末だ。そんなの「白球を追いかけて」いたらそれなりにロマンチックになるはずなのに、目には見えないゴールラインを追い続けていることはそんなにロマンチックではないらしい。

 

 

  *****

 

 

 もちろんこんな風に大学生をして、就職活動に明け暮れて、家でしんみりと、たまには彼女や友だちとご飯を食べる光景なんかも想像できなかった。

 

 それにしても、素敵なであいが多くなったなぁ。いまとなってはFacebookやLINEやツイッターなどソーシャルネットワークサービスが発達したので、であった人をつなぎ留めておく術はいくらでもある。

 

 では、むかしはどうだったのかがとても気になるところ。何においてもそう。時代の流れってホント怖くて今までの常識とかってかんたんにころころと変わってく。なんでこんな話してるのか分からなくなってるけど、とにかくさ。ねえ。分かってください。

 

 だからね、わからんのだよ。将来なにをしたいかなんて。社会の一員でしょ、つったって、学生。ごめんなさい、所詮、プラプラしてる学生。なんも知らないんです。20年生きてきて、20年後を見通すためのキャリアプランシートを作成するだなんて、無理もいいところなんですよ。

 

 それでいてちょっと生意気に踏み込んだこと書くと、「へぇ、社会にも出てない癖にすげえこと書くじゃん」みたいに見るでしょう?そんな極悪人に仕立て上げたいわけじゃなく、そう思っちゃうでしょうよってことね。だからさ、面接とかやめようぜ。せめてごはんしながらにでも、さ。

 

 そうか、学生が多すぎるのか。そりゃみんなと飯食ってる暇はないですわな。ならばせめてものお願い。「学生のための就活」にしてください。土下座するので。それか僕をリクルートにいれて、そのリクルート制度をぶっ壊させてください。