何を書くか、何を書かないか。

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青山のマクドナルドでネタ合わせしていた

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世田谷に住んでいた時だから、もう確か3年も前の話だけれど、ある出来事があって、マクドナルド芸人(と勝手に呼んでいる)を急に思い出したので書き出している。ある出来事というのは、本当に大したことじゃない。

外苑前にある前職の会社で働いていた時のこと。確か一年目の秋だった。総務から雑誌編集の部署に異動して、何から何まで新鮮で本当に忙しかった時だったと思う。心の余裕なんてものはなく、遅めの昼ごはんのために昼の3時過ぎ、青山のマクドナルドに駆け込んだ。そこは青山通りに面していて、右手に行けば表参道、左に行けば外苑前駅がある。店の隣には自転車屋があり、道路を挟んで斜め前には今は移転して抜け殻となったエイベックス本社があった。

3時過ぎというのに店はいやに混んでいて、やっとの思いでハンバーガーとチーズバーガーを手にいれた。席に着くやいなやボケーっとした顔でハンバーガーを頬張っていると、大きなテーブルを挟んだ向こう側でガヤガヤ、ガヤガヤ。すごくうるさくて「ったく、騒ぐなよ。こちとらハンバーガーと束の間のひと時を過ごしてるんだ」と思いながら、ピクルス多めのそれを食べていた。男二人組。マックで男二人が立ちながら話しているなんて、目立つに決まっている。口論。

彼らはどう見ても喧嘩している風だったが、盗み聞きしていると(そんなつもりはないのだが、否応無しに聞こえてしまうのだ)たぶん芸人なんだろう。ネタ合わせのために口論しているのだった。必死に。何について話しているのかは、よく聞こえない。しかし話の端々が聞こえてきて、

「それはおもんないって」

視聴者の皆さんは誰もF1なんて興味ないよ」

「俺がヤンキー風で行くから、お前は優等生でおれ」

「さて、ここで雪が降ったらどう?!」

みたいなセリフが店の中で響いた。喧嘩のような口論そのものは面白くなかったんだけど、その光景がやけに面白くて、「それをコントやら漫才のネタにしろ」と素人ながらに思った。上の口述(セリフ)にもある通り、片方は本当にガラの悪いヤンキーみたいで、髪をだらだらと長く伸ばし、擦れ切ったような黒いTシャツを着ていた。少なくとも東京のこの青山近辺に住民票を置いている風ではなかった。片方はというと、顔も姿かたちも思い出せないくらい印象が薄かったのだけれども、上のセリフでいう優等生キャラをやれと言われたら「やるよ」というような、芸人らしからぬいでたちであったことは覚えている。

ここでもなお僕は、ヤンキー風が優等生キャラをやり、後者がヤンキー風を装った方が絶対面白い、と素人ながらに思ったのだった。しかし僕は臆病者だし、ここで口出ししたら中身ももうほとんど残っていないマックシェイクを投げられると思って、何も言わず傍観するほかなかった。正しい選択だとは思っている。傍観。

これはもしかして、僕が知らないだけで有名な芸人なのかもしれない、とも思った。彼らの顔を凝視したけれど、ついにはわからなかったし、記憶にも残らなかった。仕方ない。

それからどれくらい経ったかわからない。多分季節は変わって冬だったろう。上に書いた彼らの存在も忘れて、意識の外にあった時、同僚の男と下北沢をあてもなくブラブラしていた。まだその頃はコロナなんてものもなくて、店で酒を自由に飲めたのだ。信じられるだろうか?

「かわいい女の子いないかな(しかも二人組)」と、チャンスなんてものがそもそもないとわかっていながらも、缶ビールを片手に店の外から店内を品定め(観察)して歩いていた。

「うーん、どうする?」「もう少し粘ろう。まだ10時だから」とか言い合っていた。男二人が駅前の工事中の広場で口論をしていた。「聞き覚えのある声がする!」とかで思い出したわけではない。でも、その姿を見た瞬間に、青山のマックにいた彼らを思い出した。電撃的に、何かが脳を刺激して、記憶がよみがえった。おお、と思った。同僚の彼が彼らに反応して「芸人みたいなのがなんか言い合ってんでw」と言ったが上に書いた経緯を彼に説明するのも面倒だったので「うわ、うける。シモキタらしいねw」と流した。

ただ、なんというか心をひくものがあった。それはなぜかというと、第一に、あの青山マックでの口論を経てまだ芸人らしく活動していることに対してであり、そしてもう一つは、あっち(青山)には馴染んでなかったが、シモキタには本当に馴染んでいてホームグラウンドらしさを醸し出していたから。このような断片の集積で、東京都心の町は作られているんだ、と拡大解釈したくらいだった。

話のオチを簡単に記すと、シモキタで見かけた彼らはそのあともっと遅い時間にTVの取材を受け、そこにいた姿を僕はTVの画面で見ることになった(もしかすると、「シモキタの駅前でネタ合わせの口論」というのも、もともとTV仕込まれたものであったかもしれない)。どんな番組であったかは忘れたが、「★曜から夜ふかし」みたいな「街で市民にいきなり話しかけてみた」類のものである。

番組では有名大御所の芸人が、たまたまそこにいた彼らとリモートで会話し(その収録自体が夜中にLIVEで行われるものなんだろう)「おいお前ら芸人なんだって?これからどうなりたい?!」「有名になって●●したいっす!」みたいな、つまらないやり取りをしていた。3分くらいは尺があったと思うが、僕はどうしても、あの青山マックでネタ合わせしていた時の方が500倍はおもしろいと思った。ただ、その出演には、僕が直接的に彼らをシモキタで偶然見かけた時のようなある種の感動があった。

名前も何も知らないあの二人組は、いま何をしているのだろうか。もしかすると僕の知らないうちに売れっ子になっていて、TV画面越しにすれ違っているのかもしれない。僕が見ていないだけで、ネットで話題になっているかもしれない。

 

と、取り留めもなく書いてみたが、なんで思い出したかというと、今引っ越してきて家の近所にある根津のカフェで 隣にいた女性二人組が芸人っぽかったからだった。 片方はクリームソーダを飲み、関西弁を話し、自分のことを「オレ」と呼ぶ。

片方は抹茶ラテを飲み、気弱そうで、ふくよかな体型をしている。彼女らもまた類は違えど意見の相違を、お互いの立場を踏まえながらニンシキをすり合わせていた。上に書いたようなことに重なった。結局「オレ」が折れて(上のこととは関係ないけど)ふくよかな彼女の分の抹茶ラテ代を出していた。

たぶん違うけど、たぶんそうだと思うんだよな。