何を書くか、何を書かないか。

70パーセントはフィクションだと思ってください。

7月1日(月)

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帰宅路の電車。総武線。ふと浮かぶ。"なぜ仕事終わりに酒が飲みたくなるのか?" 思いついて、メモ。くだらない自問。ちょっと気になり、本読みをやめて画面を撫でる。ただ酒を飲みたいのか。飲んでいる雰囲気を再現したいのか。わからないけど考えてみる。休みに飲むビールと平日のそれは全く、別物ですよね。説明、、、うまくできないんですが。極論。話がそれました。

お酒は「終わってから」「唐突に」「誰かと」というのが多い。朝10時、今日は早く終わらせてすぐかえるぞ!と意気込む。  14時、ああ今日も午後か。午後になってしまったことを自認する。  17時、1日のやったこと振り返ろう。振り返る。 19時、もう少し手をつけて帰ろう。割愛。  20時、よし終わり。  20時10分、(ロッカーに荷物入れる)お、飲もう!連絡、しよう!    20時30分、タイミングがよければ同僚か友人か佐藤さんがつかまる。至極迷惑きわまりない。自分がされる側なら、まず怒るだろう。

お酒は、精神的にいい気分になるので、生活に彩りが出る。目に映るものが普段のそれとは違ったように見える。お酒の酒類、違いがわかるようになると、なお楽しい。知ってるかどうか、知識のひけらかしに意味があるのではなく、「ここが違う」というのが内在的にわかることで心が豊かになる。飲めるか飲まれないかで大人は交流の形が大きく変わる。9月で25歳の僕でも、お酒に助けられたことがあった。いま思えば口元が緩んでしまうようないい思いもした(その3分1くらいの数、よくない思いもした)。

語りつくせないほどお酒が魅力的であるとはいえ、正直なことを言うと頭ではお酒は飲まなくてもいいと思っている。これは非常に微妙な問題で今うまく説明できない。きっと四の五の言わず「飲めばいい」のだと思う。だがあえて言えば(いま明確な言葉にできないのだけれど)僕は周囲の人間関係から、間接的に、お酒を飲まされている。そういう過程で、お酒にお金を出させられている。書いてみてなんだけど、これは非常に嫌な言い方だ。人のせいにすることは、何に関してもいい気分がするものじゃない。でも、本当に、どうして飲みたくなるのか。頭でいっぺん考えて、腑に落ちないことには、いっこうに前進できない。忘れているかもしれないし、引っかかっているかもしれないし。次回に持ちこし。

論点が大きくずれました。なぜ仕事終わりにお酒が飲みたくなるのか。 つまると、仕事をする→お酒を飲みたくなる なぜ? 仕事が終わると、なんで飲みたくなるのか。答えは出ない。また考えよう