リハビリとトレーニングの間で

79パーセントはフィクションだと思ってください

書かないことについて

「あらいさんってなんでブログ書くのに『女の子とセックスしたい』とか書かないんですか?」と聞かれたことがある。僕はもちろん驚き、持っていたビールのグラスはガタガタと震えた。驚いた理由は聞いてきたのが女の子だったから、ではない。この子の中では、みんながみんな当たり前のようにブログにおいて「セックスしたい」と書くと思っている節があるためである。それもまた「携帯が壊れちゃった」という話から、どうしたら飛躍するだろうか*1。もっと他にタイミングはなかったのだろうか、と今でも首をひねりたくなる。

 

 いい歳した男がブログを書いているというだけでそう思われてしまい、実際に口に出されるのだから、なんというか、この世の中の条理にはつくづく言葉にできないものがある。僕は別に誇らしいことを書けているわけではないから、矜持であったり信条のようなものを示してあげることはできないし、見いだすことさえできない。ただ、彼女がそのことを聞かなければならなかった理由がどこにあったのか考えさせられる。僕はその日に思っていること、考えること、伝えたいことをおおむね一方通行のような形で「ここ」に放り込んでいるだけなのだから。

 

 まあ確かに、上に書いた論理に従ってしまえば日常に潜む欲望「セックスしたいこと」について書くのは全く不自然なことではないし、どちらかといえば僕が日々投げ込む教訓にもならないような文章よりかはよっぽどストレートで、純粋で、自然のことかもしれない、とさえ思える。困ったなあ。

 

 でも僕にだってそれなりの立場というものがあるし、こうやって書いて投げ込んでいる以上、現実的な知り合いが読んでいることをある程度意識しないわけにはいかない。もちろん恥じらいもあるしね。だけどそれ以上に書かない理由は「書いてどうにもならない」点にあると思う。立派なアイデアとも呼べないような自己満足的な思いや考えは誰かを救うわけではないかもしれないけれど、少なくとも僕自身を治癒してくれる可能性を秘めている。

 

 改めて、その論理に従えば「セックスしたい」と書いて(いつもリアクションがないのにもかかわらず)その時だけもっとリアクションがないようなことが起これば、それはまたまずいことである。じゃあどうすればいいのだ? 当然ながらそれは「書かないこと」だろう。何よりセックスは超現実的な事象であって、仮想空間のうちに留めておけるものじゃないんだし。夢の世界の入り口かもしれないけど、同時に悪夢の入り口かもしれない。

 

 

 それに前提として「じゃあセックスしましょうか」なんて言ってくる女性*2は現れない。まあ現れてくれても困るんですけど。

 

家のすぐそばの中華料理屋のおばちゃんがやたらと立派なスタイルをされていて「こんなこと」を思い出してしまったのだからこればかりはしょうがない。くだらないようでなんだか本質をついているような質問を受けたことの「ほんの一部分」を独白しているわけだけど、こんなこと書いたって「あらい君は0点ね!廊下に立ってなさい!」なんて言われないのだから「ここ」はそこそこ平和ですよね。

 

寒いからってそんなこと書いちゃダメですよ、みなさん。

 

 


Paul Mauriat - Love is blue

 

*1:大ジャンプである。金メダル

*2:私の性向は今のところ異性です