何を書くか、何を書かないか。

70パーセントはフィクションだと思ってください。

★Untitled

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★駅までは3キロほどの道のりがあったが、僕は歩くことを選んだ。選んだというよりも、選ばざるを得ない状況に置かれた。また「置かれた」というより、文字通り路上に放りだされた。

    ぽつんと佇んで数秒後には大きな駅を目がけて歩を進めていた。どうしようもない勘をたよりにして。こんな寒空のもと、駅まで3キロあるというのに(小柄でずしりと重いスーツケースとリュックサックを持っているというのに)どうして放り出されたかというと、紛れもなくそれは僕が彼女を怒らせてしまったためだった。

 新幹線まで時間があった。初夏にビジネス用の靴を2足買った商店街の靴屋に立ち寄ろうと思ったが、どうやら地理的に過ぎてしまっていたらしい。後戻りして立ち寄るほどでもなかったから、そのまま歩いた。

 ガラガラとスーツケースを引きながら商店街を歩いていると、女子高生の何人かが談笑しながら僕を追い抜いていった。大型の茶色い犬は、私がガラガラと音を立てて引き摺るスーツケースに興味を示したが、飼い主はすばやくリードを引っ張った。駅の近くを流れる大きな川に架かる橋のベンチでは、こぎれいな格好をした中年の男が佇んでいた。川は煌々と輝く陽射しをしっかりと受け、また反射していた。

 時刻はまだ12時と少しだったが、その男の光景はたそがれている風だった。何かを探すわけでもなく、誰かを待つわけでもなく、男は静かに川や雲の流れを目で追った。時折、頭上を飛ぶ鳥を見て微笑んでいるようにも見えた。僕は、彼から数十メートルの間隔を置き、同じような形をした石のベンチに腰掛けた。僕はその時激しいダンスミュージックから静かでスロウななメロウ・ジャズに切り替えた。肉まんと100円コーヒーのゴミの入った袋をバッグに詰め込んだ。代わりに雑誌を取り出そうと思ったがやめて、スマートフォンで何枚か目に映るものを写真に収めた。

 

隣に座った女の子はボールペンを握りしめて眠っていた。心地よさそうだった。初めはこちら側を向いていたのだが、大きく口を開けていたのを恥ずかしく思ったのか、文字通り「ハッ」と言って目を覚まし、窓の方を向き直した。彼女がふたたび眠りについてから、窓の向こうには綺麗な雪化粧が広がった。あらためて目を覚ました時彼女は、ボールペンをスマートフォンに持ち替えて、その銀世界を写真に収めた。僕もそれに倣ってカメラを向けた。「寒そう。」と彼女が口にしたのかは分からない。でも僕にはなんとなくそう聞こえ、また口が動いたように見えたので答えた。「たしかに寒そうだ。」

ボールペンの女の子はくるっと振り向いて、そっと微笑んだ。

 

 

★秋ごろから楽しみにしていたクリスマスが彼女のための看病で終わったあたりから、僕の中のなにかが音を立てるように崩れ始めた。崩れ始めていたというのだから途中でそれを防ぐことももちろんできたのだと思う。誰が悪いでもない、どちらかといえば僕が悪い。どこに行こうが何をしようが、僕は苛まれていた。僕は心の底から笑うことができなくなっていた。言い直そう。その場面、場面では僕はしっかりと笑っていたかもしれない。軽くひねり出したユーモアやジョークを笑ってもらえ、リアクションを得て、その様子に僕は心が和らいだ。とりわけ異性の娘から自然な「笑い」をもぎ取った時、僕は存在論的な正しさを掴んだような気がした。

 

 こればかりは勘違いされても仕方がないことなのだが、本当に僕はただ純粋にその娘(誰でもない誰か)に笑ってもらいたくて、くだらないことをたびたび口にした。それが時に私やその娘ではない誰かを傷つけるようなことになっても、だ。それが僕にとって自己治癒的な作業であることは変わりなかった。しかしそのような作業の「基盤」はいつもグラグラと揺れていて、もし安全検査のようなものが入ったら、もっと厳しい監査が入ることだろう。全き黒なのだ。

 

 こうして書いてみると、あたかも僕は何食わぬ顔で日常を送っているように思われるが、僕は普段の生活で表情を失っていた。それは僕の好きな作家の作品に出てくる登場人物がそうであるように、僕は疲れた顔をして人混みをかき分け、せかせかと歩く。人混みを抜け、やがて一人になると、疲れたでも悲しいでも喜ばしいでもない、僕はただ表情を失う。女の子を笑わせることを心の底から求めているというのに、僕は僕自身に対してそれを求めていない。これを人は矛盾と呼ぶだろうか。僕はそうは思わない。