「僕」と「私」と「わたし」の記録

87パーセントはフィクションです

踊った(冷めても美味しいスープは嘘だ)

私の聴く音楽は確かに音が大きすぎる。インナーイヤー型でもカナル型でも、つけてしまったら周りの音はほとんど聴こえなくなってしまう。よく言えば没頭的、悪く言えば閉鎖的・・・。

 

オークマンを与えられた中学生の頃から一貫してそうだった。たとえば僕の後に同じ音量で聴いた人はみんなこう言う。

「音うるさくない?!」

まあ、確かにそうだ。その音量を選んで、あるいは好んで聴いている僕だって時おりそう思うんだもの。でもこればっかりは治らないだ。仕方ないじゃないか。

 

うちは音楽一家でもなんでもない。ピアノ一台なかった*1。でもいつも音楽が流れていた。母親は70~80sの洋楽を好んで聴いていた。今はよく知らないけどBSではその年代のライブ映像を特集で流すというのが常だった。

 

母親は働き盛りの20代、ライブやディスコ、またある時は自分で買った外車もどきの赤い車でよく聴いていたらしい。

 

さんざん聴いてきたにも拘らず好きな音楽のほとんどは「名前も知らずに」聴いていた。よっぽど有名なクイーン、カーペンターズ、ビジーズ、アバ、マイケル・ジャクソンワム!ドナ・サマーマライア・キャリーくらいのスターでない限り、歌詞を完璧に覚えていても顔をしっかり覚えていても「あれ誰だっけ」の始末である。

 

そんな母は歳をとりテレビでそれら往年のスター、準スターの名曲に触れることができるようになった。おそらくだが感動のようなものを覚えていたのではなかろうか。そう思うと、文明の利器(大げさかもしれないがそれくらい)の効力は素晴らしい。ありがとう。僕はユーチューブを教えた。

 

そんな母のもと半ば強制的に聴かされてきた僕はというと、影響を受けないはずがない。あとを追うように、むさぼるように聴いている。それが現状。

 

ジャズ、RB、ディスコ/クラブミュージック、バラード、ポップ・・・挙げたらキリがないけれど、どれもこれも僕は好きだ。これだけというのは選べない。甘いものも好きだけど酸っぱいのも好きだ。好きなジャンルは?と聞かれたらすかさず答えるのがジャズとかクラブミュージックだろうけど、もちろん話しているうちにぽいぽい出てくると思う。

 

いまどき聴ける音楽はどれもこれも音質がいい。これについて村上さんは「ジャズは絶対レコード」、電子機器で聴くものは「ホテルのロビーで流れているもの」みたいでどれもこれも好かないみたいなことを言っている。確かにわかる。

 

針を落としてすぐの、あのジリジリ、パチパチ音というのは生の盤でないとわからない。そこからもくもくと煙が立ち上がっていても、気にせず没頭するだろう。目をつむり入りこむ。いろんな記憶と経験とが頭の中で錯綜するなか、音はすり抜けていく。太い音も細い音も・・・。するする。ひょいひょいひょい。

 

 

山形駅から徒歩2分のところに、僕がお手上げになるくらい音の大きいジャズ喫茶がある。ここのマスターは何を考えているのか知らないが、鼓膜が破けそうになるくらいの音量でいろんなジャンルのジャズを差し出してくれる*2

あんな音量でいつも聴いていたら、外に出たとたん周りが無音になってしまうのではないだろうか。心配になる。しかし店主は注文を難なく聞きとっていたから、心配はないのかもしれない。注文さえ取れなければそれこそ耳元で叫んでやるしかないだろう。おーい!!!!

 

 

渋谷のクラブでは定番のミュージックが流れていた。入る時、僕がいつも聴いているのなんか流れていないだろう、ああ知らないのばっかりだったらどうしよう・・・と不安になったのだが、心配は無用だった。

どうしてか詳しいことは知らないが、大抵はみんなが知っているレベルの(もしかしたらそれがまあまあ上等なレベルなのかもしれない)音楽が通常的に流される。やっぱりみんなが知っていないとつまらないだろうし、何よりノれない。踊りまくって、叫びまくって、カラダのあらゆる面を見知らぬ他人と触れさせ、刹那的な熱情を抱く(まあ、僕は健全に踊っていました)。

 

ダンス・ダンス・ダンスで羊男が以下のようなことを言う。主人公・僕とのこの会話は何よりも秀逸だ。

 

「踊るんだよ」
「音楽の鳴っている間はとにかく踊り続けるんだ。おいらの言っていることはわかるかい?踊るんだ。踊り続けるんだ何故踊るかなんて考えちゃいけない。意味なんてことは考えちゃいけない。意味なんてもともとないんだ。そんなこと考えだしたら足が停まる。一度足が停まったら、もうおいらには何ともしてあげられなくなってしまう。あんたの繋がりはもう何もなくなってしまう。永遠になくなってしまうんだよ。そうするとあんたはこっちの世界の中でしか生きていけなくなってしまう。どんどんこっちの世界に引き込まれてしまうんだ。だから足を停めちゃいけない。どれだけ馬鹿馬鹿しく思えても、そんなこと気にしちゃいけない。きちんとステップを踏んで踊り続けるんだよ。そして固まってしまったものを少しずつでもいいからほぐしていくんだよ。まだ手遅れになっていないものもあるはずだ。使えるものは全部使うんだよ。ベストを尽くすんだよ。怖がることは何もない。あんたはたしかに疲れている。疲れて、脅えている。誰にでもそういう時がある。何もかもが間違っているように感じられるんだ。だから足が停まってしまう」
「でも踊るしかないんだよ」
「それもとびっきり上手く踊るんだ。みんなが感心するくらいに。そうすればおいらもあんたのことを、手伝ってあげられるかもしれない。だから踊るんだよ。音楽の続く限り」
オドルンダヨ。オンガクノツヅクカギリ。 

 

 

 

 

夜に切り替わるのが、すっかり早くなった。10月は矢のように過ぎ、11月は鈍行でいいよ、と思っているとすでに6日目。早い。早すぎる。暇よりはマシさ、と思う。

 

朝夕は冷えるが、日中はまだ陽がとてもあたたかい。踊れるうちに踊るんだよ。温かいうちに飲むんだよ、スープは。冷めても美味しいスープは、嘘だよ。

*1:母は時代の流行的にエレクトーンをならっていたらしいが

*2:音楽もまたジャンルも、コーヒーも何もかも申し分ない