「僕」と「私」と「わたし」の記録

87パーセントはフィクションです

走った

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ある日のトレーニング終わりのこと。イソノと一緒にクールダウンをした。彼はニヤニヤしていて何か言いたそうだった。僕たちは芝生へ行き、成りゆきでジョグをした。

アライさん、一流アスリートの(クールダウンの)ジョグはお尻からかかとまでまっすぐにしてやるらしいですよ。へえ、誰から聞いたの?タニガワ先生です。じゃあちょっと見てみてくれないか?・・・うーん、ダメですね、全然。どこがダメだ?うーん、このあたりとかカクンカクンしてる。膝がカクンカクンね、難しいな。そりゃあ難しいでしょ。一流ねえ・・・。

 

こんな会話だったと思う。

 

 

ちょうどその時イシツカさんが横を通り過ぎた。彼もクールダウンの最中だった。お互いに顔を見合わせた。日本を代表して走る、跳ぶ、投げるする人が多く集うこの場所は神聖なフィールドだった。確かに私はそこでさまざまなものを見せつけられた。

あれ・・・。あれか・・・。カクンカクンしてませんね。カクンカクンしてないな。キレイですね。キレイだな。

 

 

 

イソノの訓えは僕に対し、思った以上に影響を与えた。ジョグをするとき、動き始めで「あの動き」ができないかどうか試すのである。無論、納得のいく動きは一度たりとも得られていない。しかしイシツカさんの「動き」をみたからにはどうにかして再現してみたいと思うのである。もっとも、かような場面の「動き」よりも、もっと実利的で総体的で熟練された「動き」(つまりはレースの中でのそれ)を身につけなければならないのだけれども。

 

 

*  *  *  *

 

 

ここ数週間の週末は見事に雨に見舞われている。せっかく走ろうと思っても、雨だ。こんなに落ちてしまった体力で、ただ悔しさを晴らすように無謀な出かけをしても、いい効果は得られないだろう。かといってじっと家で悶々としているのも、自分に対して癪なので、様々な動画をみてイメージを膨らませる。やっぱり走りたくなる。あるいは何か重いものを持ち上げたくなる。自重トレーニングにもそろそろ飽きた頃。ある意味では負のスパイラルだ。

 

 

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陸王を十分前に控えて、見事に雨は止んだ。そこから僕の判断、意思決定はとても早かった。

 

へッドフォンの中ではマライア・キャリー恋人たちのクリスマスを歌っていた。雨の音が聞こえなくなった。ヘッドフォンを外して確かめた。網戸を開け、暗闇を見渡す。手を柵から出して確かめる。濡れていない。クローゼットを開け半袖シャツと長袖シャツを一枚ずつ、ロング・タイツ、ショートパンツ、黒の靴下のそれぞれを引っ張り出す。椅子に座りイヤホンのゴムの部分をより小さいものに取り替える。サイズが合っていなくていつも取れてしまうからだ。小さいポーチを下腹部にとりつけ、携帯機器を入れた。軽くて万能なナイキのシューズに足を入れた。フィルムから剥がし、ガムを口に放った。玄関を押す思ったよりも風が冷たくない。専用のアプリケーションを起動し、スタート。

 

さっき食べたばっかりだから、長くは走れないだろう。でもいい。こまめに、それもなるべく無理やりに走らなければならない、と思った。 いつものコースのショート・バージョンを二度ほどまわり、準備体操をするために立ち止まった。

 

プランは変更。まっすぐ走れる道を探しつつ速度を落としながら、足が自然と落ちるところを確かめた。以前はつま先だけで走っていて、走り始めて間もなくふくらはぎが悲鳴をあげた。会社の上司に指摘され、なるべくまっすぐ(フラット)に足が接地するよう、歩きから意識するようにした。

 

日常生活、踵からついてもつま先からついても革靴にはあまり良くない。「なるべくまっすぐに」を心がけていたのだ。

 

 

*  *  *  *

 

 

フラフラと走っているといつも横を通る小学校に目が止まった。これまであまり気にしたことはなかったが、学校を向いてまっすぐの道はその先が行き止まりになっており、その長さは片道150mを超えているらしかった。幅は20mもある。こんないい走路、どうして気づかなかったのだろうと思った。

 

 

一本ゆっくりと走ってみた。ぐるっと一往復。ゼイゼイいったが悪くないと思う。ちょっと間隔をあけ、インターバル形式に五本行こう。三本目で息の仕方が変わった。ハムストリングスや臀部にもじんわりと嫌な感覚がある。幸いにも断裂とかその類ではない。生理学的な、あれだ。それでも僕は休みつつ斜め向きや後ろ向きで歩いて息を整えた。

 

これくらいゆっくりやればよかったんだ、と思った。口に出してみても何も周りは反応しなかったが、僕の中では何かが変わった。雨上がりのここ(さいたま)の空気は、つくばのそれとあまりにも似ていた。やれやれ、これじゃ全国共通じゃないか、と思った。

 

なんだか懐かしくて色んな思い出がフラッシュバックした。といってもせいぜい3つくらいで、コンビニの可愛い店員、真夜中にビールをくれたおじいちゃん、先輩とよく食べにいったラーメン屋のラーメン。恋しくなった。

 

四本目に出るために、一度アキレス腱を伸ばした。じっくりとじっくりと。おそらく側から見れば柵にしがみついているようにも見えたはずなので、不法侵入に疑われないことを祈った。

 

四本目、出だしはちょっと速く。50mを過ぎてから速度を落とす(落とすというか努力度を下げ、速度を維持する(上げない!)というか・・・)。あまり焦らず、落ち着き過ぎず。拳は頬の高さとお尻から15センチあたりまでで。膝は高く上げすぎず、かといって低すぎてベタベタにならないように。踝が膝の横を鋭く通過するのを確かめて・・・。

後ろの方でなるべく短く足を巻き込み、膝あたりの高さにある(と思い込む)障害物に膝をぶつけるようなイメージで前方へと突きだす。徐々にドライブする感じで。上下動するのとつま先接地が悪い癖なのでそれも気をつける。

 

フィニッシュ。まあまあ悪くない。五本目も同様にいく。最後だからって張り切り過ぎず・・・(いつも最後の本数はペースを破ってしまう癖がある、これも悪い癖だ、無くさなければならない!)。静かに五本目をやりきった。

クールダウンにジョグをする際、例のアレを確かめてみた。ウオームアップで臀部にたくさん刺激を入れたおかげだったか、なんだかいつもよりも感覚がよかった。タッタッタッタからストンストン、トットトット、トントントン色々確かめた。色々と言葉にしてみた。なんだか何が正しいかわからなくなったが、「感覚がよかった」。あまりに曖昧模糊すぎる。

 

 

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イヤホンを取ると住宅街のとても静かな音が聞こえてきた(何も聞こえていないのではない、無音なのが聞こえるのだ)。聴覚と同時に嗅覚もよみがえった。僕が思っていた以上に秋は深まっていて、なおかつもうそこは冬支度を始めていた。嵐が過ぎ去った後なのでまだ風は柔らかいが、その奥に何かがあるのを感じ取れる。辛い季節だが嫌いではない。だらだらと汗がつたう季節よりは数倍好きだ。

 

でもやっぱり、どこまでも遠くて手を伸ばしても何も届かないような夏空がもうすでに恋しいかもしれない(どこまでも遠くて何も届かない・・・紙飛行機が、白いパラソルが次第に離れていく・・・)。

 

夏といえば、山梨の山奥にある古民家にもう一度行きたい。陽気な夫婦と向かい合い、有機栽培の地ビールを飲みながら、コラ!こっちにきちゃダメ!と怒られてしまう黒犬を撫でてやりたい。ホームステイにやってきているフランス人、先輩(黒犬)は、陽気な夫婦は元気だろうか。

そういえばあの日も、宿に着いてすぐにすごい大粒の雨が通り過ぎていったな。変わりやすい天気・・・。

 

 

また走ろう。