7/14 日記的なもの

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お昼を食べてまだ三十分あったのでふらふらと神宮前を歩いた。ここ数日の、ねっとりとしたベタつく暑さとは打って変わって乾いたいい天気だった。それがわりに心地よく、肌を撫でる風が気持ちいい。そういう夏が好きだ。

 

僕は木陰で「お昼寝したい」と思った。トウキョウだって木はあるのだ。彼らはきちんとした幹を持ち、大きな葉を茂らせている。僕たちの目には見えないけれども、それはそれは立派な根を張っていることだろう。常にデザインされ続ける都市空間の中で、固有の存在として、強く生きているのだ。絶えず増殖する資本は持たないにしろ、素晴らしい価値を毎ねん生み出している。立派な功績を讃えたい。ありがとう。おめでとう。あついね。

 

公明党民進党自民党。こいけ都知事らのポスターのそれぞれには、全体にくまなく濃い茶色のスプレーが掛けられていた。やる側もやられる側も哀れだな、と思った。その目の前では警官が髪をだらしなく伸ばした男から話を聞いていた。まさに、事情聴取という感じだった。ぼろっちいアパートの前だった。でもあそこだったら、月に10万円くらいするのかもしれない。ふらふらと歩くには暑い天気だったが、どうしてだろう僕の足は止まらなかった。坂を登っては下り、曲がり角に差し掛かればそれに合わせてからだを傾けた。また細い路地が行き止まりになれば折り返した。汗が滲んできた。あー、暑い。

 

気がつけば七月。三ヶ月の試用期間を過ぎ、晴れて本採用が決まる。僕を含めて三月四月入社の七名ぶんの社員証を作成する。僕は総務だからそういう庶務業務を任される。自分で自分の社員証作成の手配をするのは不思議な気分がするものだ。数ヶ月前までは新入社員。あるいはただの体育学生。一年前は就職活動に喘ぐ、しがない学生。おもしろい。

 

僕は、もちろん世間はまだ七月だというのに「暑い」という言葉を口にするのに飽きた。いや、「もう七月」か。

 

帰り道、空は明るかった。十七時四十五分、トウキョウの空はまだ明るい。これからまだ少し明るくなるだろう。こんな時間に会社を出るのは初めてだった。上司が不在だったのだ。しっかり業務を終わらせて、しっかり帰ってきた。道中、セミの死骸が転がっていた。「早いな。」と思った。写真を撮りたかったけれど、躊躇してやめた。別に見世物ではないのだ。そこには物語なんてないし、別に物語があったとしても見世物のために彼らは死んでいるのではない。別に意味もない。それは無意味でもない。ただ、僕はその光景に強く「季節」を感じた。そしてその次に、日記を書きたい、と思った。なつやすみの課題は毎年日記だった。こんなものになんの意味があるのか、とかメタ的な視点をもちろん有せない年ごろの私はそんな疑問を持ったのかどうかも定かではないが、当然のこと、かの「にっき」に悪戦苦闘していた。だからいつも、最後の一週間でまとめてやった。僕なりのささやかな反抗期はそこに秘められていた。

 

そんな僕が、社会人になり「日記を書きたい」だなんて思うのも不思議である。僕を知る小学校の先生は皆、卒倒するだろう。きっと。卒倒はしないにしろ、正気か?と疑うだろう。きっと。いや、もしかすると喜ぶかもしれない。人間はいつまでも成長する。ということを実感してくれるかもしれない。いやいやそうじゃない。

 

成長しないもの、しようとしないものは、人間でさえないのだ。イデアがそっと語りかける。「それは人間でさえあらない」。

 

僕の血をたくさん吸った蚊は、僕の手の中で血まみれになって死んでいった。パチンといい音がした。お疲れ様でした。

 

 

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