何を書くか、何を書かないか。

70パーセントはフィクションだと思ってください。

真っ赤なルージュの女がいた

 

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ところで…あなたはいつから走っていたの?いつ屋根のないところに出たの?丑三つ時。 丑三つ時なんて言葉はいまどき誰も使わないわ。それじゃあ、新聞の配達が始まる頃。 だから、ずぶ濡れなのね?そうだろうね、きっと。 きっとってどういうこと?

僕の中ではいつも雨が降っているからさ。それはねつまり花屋が店先に若い花も古い花もいっしょに束ねて出すとか、薄汚れたショベルカーがライトに照らされて静かに休む時とか、いつも雨が降っているんだ。そんなときでもショベルカーは誰かに見張られているのね?そのとおり。薄汚れたショベルカーが静かに休んでいるところを、君は見たことがあるかい? 私はいまはショベルカーの話をしてるんじゃないの。そうか。なら話を変えよう。うさぎはいつ交尾をする?うさぎは朝にせっせとやるのよ。 そうなんだ。知らなかった。いまはうさぎの交尾の話なんかしていないわ。それに花屋とか薄汚れたショベルカーの話もしてない。私はただ、あなたがどうしてここにきたのか。もっともこんな大雨降りの中で傘も持たないでどうやってきたのか訊いているのよ?どうしてあなたは乾いているの?お金も持ってないのに、どういうことなの?いま僕はお金の話をしてるんじゃないんだよ。 いいえ、私はしてるの。

 

 

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ポカリスエットを飲み干して道ばたにあったゴミ箱に捨てようとしたら、ジッセンチほどのネズミがそのゴミ箱の蓋を持ち上げた。イマドキ、道端のゴミ箱も自動式か、ふむふむ、と感心していた。そしてネズミに礼を言わなくては、と思った。ところがそのネズミは、あろうことか蓋を強く引いた。私は指を挟まれうっ、と鈍い声を漏らした。金色の頭をしたお兄さんが傘を差しながら歩いてきて、大丈夫か?と聞いてきた、大丈夫なんてもんじゃない。僕はただ、道ばたのゴミ箱を開けようとした。でも僕の代わりにネズミが蓋を開けたんだ。日曜夕方アニメの白い猫みたいに。たまらず僕はご機嫌でペットボトルを挿れようとした。そしたらネズミは思いっきり蓋を引いたんだ。光のスピードぐらいあったと思うな。きっと、前世か今世で、ペットボトルに何かされたんだろうな。今思えば申し訳ないことしたよ。ごめんな。そこまで言って顔を上げると、傘を差した金髪のお兄さんはどっかに行っていた。

 

雨は止んだら降ったりした。女の心のようだった。まだ季節は春。これから夏を迎えるというのにどういう風の吹き回しなのか考えたけれど、わからない。この国は高温多湿。音もなくしんしんと雪が降る一方である地方は熱暑に喘ぎ、あるいは誰かが多雨に泣けば、干からびて死んでいくものもいる。風はぐるぐると回っていた。

 

 

おじさんは…いつからこの仕事をしてるんですか?  去年の夏さ。去年の夏は、沖縄は涼しかった。沖縄にいたんですか? いや、いったことがない。  ならなぜ沖縄が涼しかったと語るんですか?  逆に僕が訊こう。君はなぜ僕に仕事について訊いてきたんだい?  気になったからです。  きみは気になった事はなんでも訊かないと気がすまない性格かい?  おじさんが思っていることと、つまりその僕もおじさんと同じ部類の人間です。  似たような人間はあつまる。 ええ。まだふたりだけですけどね。

 

 

僕はどうしてもゆっくり走ることができなかった。このペース、と決められて守れた試しがない。約束な破るもんだ、とかもちろん言った事はないけれども、どうしてだろう?わからない。ペースの約束ができない。それに就いて僕の精神構造に根本的な欠陥があるような気がした。それを褒める指導者と褒めない指導者がいた。後者は私をまともに取り合わず、何もかも無視した。無視というのは質問に答えないというだけでなく、存在そのものを認めようとしないような態度をとった。前者はきみらしい、と言った。私は私らしいとは何か、訊いた。その指導者は少し考えたふりをして、おそらくずっと温めていた回答を口にした。

 

「私らしさって何ですか?と素直に、馬鹿正直に訊けることだ」

 

馬鹿正直、は余計だと思った。でもなんだか嬉しかった。遅かれ早かれ、私の人生もあと少しだと思っていた。もう折り返した。あとは何もかも下っていくだけだろう。この先、上り坂があったならバスを使おう。あるいは若い者におんぶしてもらおう。それでこう呟くんだ。

 

「ほらもっと早く行けよ」

 

数秒間の無視は、数十秒を欠落となり、やがてそれは数分、数ジップン、そして数時間の大きな雪だるまになって行く。大きな雪だるまを人を殺せるほどつめたい用水路にボロボロとこぼしていく。その量は年々、膨れ上がっていった。ところが私は用水路に雪を落とせなくなっていた。私はこれまで、何秒、何十秒、、、、何時間の時間を失ったのだろう。そしてこれから、どれだけの時間を売っていくのだろう。そういえばもう布切れは少ない。切れ端はホームレスにくれてやった。

 

 

すでにカラスが啼いていて、空はもちろん真っ暗だったけれども、光がとつぜん現しそうだった。特別な時間の流れ方をしていた。重くて、ぬるくて、淀んでいるが気持ちいい。べたつくが心地いい。どうしてだろう?初夏の夜に、こうして走る僕は何に向かって  (それはそもそも向かうべき対象があるのかさえ怪しい)  走るのだろう。カラス?いいや、違う。つつじ?いいや、違う。あるいは、一本の小川に咲く紫陽花だろうか。真っ赤なルージュの女は「似合う、とても面白い」と言った。「どこが面白い?」と返すと「この頃ね、何だか遣る瀬なくなるの、何もかも。でもねそんな時見知らぬ誰かをとっ捕まえて、これ着てみてよねえねえ、ってやってるうちに楽しくなってくるの。その時見知らぬ誰かがこっそりと私の中に入り込んできて、つまりね私の中で一つの作品ができるの。」「はあ。」「お金が掛からないの。そこに服飾の専門店があって、贅沢を言えば2メートル四方のフィッティング・スペースがあれば十分なの」「ところできみは真っ赤なルージュが似合うな。パステルカラーのワンピースをぜひともプレゼントしたい。」「それは持っているから要らないわ。それとも受け取ってヨンジップンで町場のフリーマーケットに出してもいい?」「十分すぎるな。」「ねえ私が何をしたいかわかる?」「紫陽花を見ながら逆立ちするとか?」「あなたって本当に変なことを言うのね。真面目な顔をして言うからおもしろいわ。私ね、ウエディングドレスを作りたいの。」「作ったらいい。モデルになろうか?」「ぜひともお願いしたいわ」