「僕」と「私」と「わたし」の記録

87パーセントはフィクションです

世間って狭いもんですねえ

 

都内で電車で乗っている時に一度、音を録ったことがあった。それは、目の前に気になる会話があったからではなく、とはいえ有名人がいたわけでもなかった。ただ、いつも聴き慣れている音を、自分の部屋で聴いてみたらどんな気分になるのか、気になった。心地よくなるのか、苦しい気分になるのか、ワクワクするのか、辛い気分になるのか、ただただ気になったのだ。そこに収められた音は、普通の人の、普通に生活していたら一切かかわらないであろう人たちの会話だった。じっさいのところ、終始ごそごそしていて、会話の中身はどんなものか判別できなかったし、ゆいいつ判別できるものといえば、聞き慣れた電車のアナウンスだった。女性の声だった。チロチロリンというメロディだった(テロテロテロリンだったかもしれない)。あらためて聴いてみるとまったくおもしろくなくて、その音は家に帰ってからすぐに消してしまった。・・・大宮で乗り継ぎ、新幹線で宮城に向かっていると「宮城県警察」としっかり印字されたジャンパーを羽織った警官二人が、通路を何度か行き来していた。私はうとうとして気づいたら福島を通り越した。その日の夜、友達と飲む約束をしていて約束まで、時間が余っていたので、行きたかったクラフトビールの店を目指した。3月、その道を通った時はまったく気がつかなかった。「ここなんだけどな」って何度も呟いた。今日こそは、と思って丹念にビルなり店なりを点検してみると、縦長に連なったビル特有の看板の真ん中あたりに、その店の名前と5Fという文字を認めることができた。「おお、ついに。」・・・そういや、ここ最近ずっとメモを取っていた。メモってのはもちろんのこと「手段」であるのだけれども、まず一部として、メモを取ることを「目的」として動いてみた。生活の記録を、ツイッターなどの電子的なものではなく、より肉筆的なもので作りたかった。ページをパラパラとめくり時間を巻き戻してみると、その時にこんなことを考えていたのか、と何度か驚かされた。たとえばこれ。「ネットの飲食情報サイトが使いにくくてたまらない・・・外食産業はもう少しここにチュウリョクしてほしい。食べログとか。ワタクシ信ずるは、ラーメンマップのみ・・・」・・・私の彼女が現在、都内西部で研修をしていて、休みの力を借りて車でそこまで会いにいった。とちゅう、新緑が急なとおり雨に濡れるのをみた。ワイパーがおおきな雨粒をかき分けた。よく映える緑は雨粒の勢いによく揺れた。頭上には虹がかかっていなかった。会話でその晩に「何を食べるか」となって私はとりあえずラーメンマップを開いた。アプリだ。赤くピンされるところは85ptくらい以上のもの。次がオレンジで、青とか緑になるにしたがってポイントは減っていく。私は半ば強引に、ここに行こうと決めた。92.985ptだった。18時から開店で、近くのパーキングについたのは17時57分頃だった。店はすでに開いていたようだったので急いで駆け込むと、食券を買って席に着いた途端、堰を切ったように客がなだれ込んできた(私は私個人としてこういうところが幸運であることが昔から多い。この件についてはおいおい時間を割こう)。私は醤油で、彼女は塩を頼んだ。ものはバッチリだった。うどんを思わせるような、しかしながらそんなに太くはない麺はコシが強く、スープはあっさりに見えて脂っこかったけども、それはよく絡むという意味において満足させ、しっかり食することができた。あれは美味しかった。このことのように、この「マップ」を利用していていてハズレくじを引いたことは一切ない。と言っていい。まさしく、信ずるは「ラーメンマップ」のみと言ったところである・・・。・・・約1年前。熊本大地震の翌日あたり。大手広告代理店Dのイース支部の男性に連れて行ってもらったクラフトビール屋では、いい説教を食らってわんわん泣くわ、土砂降りなるわ、5千円握り締めてタクシーに詰め込まれるわ、仕舞いにはべろんべろんに酔っているわ、で、その帰りをよく覚えていなかった。その日の出来事を証明するのは、酔った勢いで彼女にかけた一本の電話のみ。そこで何を話したのかはまったく覚えていなくて、その日男性にもらった若き日の「本田圭佑」がアンダー20か何かで代表に選抜された時のサインを、D社のロゴマークが入った包み紙がされているのをいいことに傘がわりにした。包み紙も私もよく濡れたが、幸いなことにサインの字は何一つ滲んでいなかった。助かった。店が明らかに一階にあるものだと思っていた、いわゆる先入観のせいで私はその店を見つけられなかった。・・・店に入ってみると客は誰もいなかった。ドアの前に立っていた男性はなぜか私の後に続いて入ってきた。話を横で聞いているとGWの休みで北上してきたとのことだった。勤務地は私の勤務地に近いシブヤハラジュク。なんたる奇遇かと思っていた。私はメモを取るのをやめにして、少しでも話しかけてもらいやすいように体勢をととのえた。所沢のビールが運ばれてきたのに合わせ、店主が話しかけてきた。キタ。・・・休みですか?どっからきたんですか?へえ、地元がこっち。そうなんだ。え?きたことあるんですか?いつ頃?ああ、その日!Kさんにはよくしてもらってるからヨーーーク覚えてますよ。熱く語ってましたもんね。ははは。あれね、泣いてましたでしょ、頑張ってタクシーに詰めましたもんね。ハハハハ。へえ、(あなた方)勤務地近いじゃないですか!世間って狭いもんですねえ。親の実家に帰られるんですね。へえ、山形。どこです?(山形)市内?ああ、母方が米沢。こっち(女性従業員を指差して)米沢ですよ。(女性従業員との会話に切り替わる)。俺まったく話ついていけねえや、ハハハハ。世間って狭いもんですねえ・・・当初、長く思っていた40分があっという間に過ぎた。約束もあるし、店の予約もあるしで私は「次予定あって、少し早いんですけどごちそうさまでした」と言い立ち上がると、また来てくださいね。と言われた。ちっぽけだけれども、遠く離れてしまった地元に、一つ居場所を見つけたような気がした。意気揚々と店を後にすると、時間まで後3分。250mの距離でよかった。ダッシュダッシュダッシュ。・・・本を読みながら街を歩いていると、キャッチにまったく声をかけられなかった。歩きスマホだとめっちゃ声かけられるのに。たまたまかもしれなかったけどさ。透明人間になった気分だったよ。近寄ってきたのは、酒に酔った赤顔のおっさんだけだったね。自転車危ないから気をつけて走行してほしいな。捕まらないといいな・・・