何を書くか、何を書かないか。

70パーセントはフィクションだと思ってください。

じゃんけんをしよう

女は徐ろに「じゃんけんをしよう」と言った。奇遇なことに僕もじゃんけんをしたかったので、二つ返事でうなずいた。

 

「最初はグー、ジャンケンポウ。」彼女の掛け声は明らかに変だった。それでも僕は何も口出ししなかった。

 

ジャン・ケンポウ?

 

 

「君はチョキで僕がグー。僕の勝ちだ。」

「何のことかさっぱりわからないわ。このじゃんけんは三回勝負、少なくともあと二回は付き合ってもらう。」女は私の身に覚えない約束を持ち出した。しかし僕は余計なことを言わず「わかった、付き合うよ。」と返した。

 

合図は女がした。

 

「最初はグー、ジャンケンポウ。」

「君はパーで僕がグー、君の勝ちだ。さあ、あと一回勝負しよう。」

「さっきからあなたは何を言っているの?」

「君はさっき、三回勝負しよう、と言ったね?」

「私は今勝ったの。これであなたの負け。終わりよ。そんな約束はしていないわ。」

 

女はさっき自分が取り付けた約束のことを忘れていた。元から知らなかったように、表情一つ変えなかった。私は尻込みしてさっきから気になっていたことを突っ込んでみた。

 

「わかった。ところでその、ポウ  ってなに?」

「ポウって?」

「君がじゃんけんを始める時に口にする合図のことだよ。」

 

女はとても不服そうな顔をした。・・・短くカットされた髪は陽の当たり方によって赤く見えたり茶色く見えたりした。あるいは黒く見えた。染めたてだったのかもしれない。女は僕の手を取って走り出した。僕はきちんと靴を履いていなかったから何歩か引きずられるようにして「ちょっと待って」と言ったが、女は構わずさっさと行ってしまった。僕が靴をしっかりと履く頃には女の姿は見えなくなっていた。もしかするとそんな女なんていなかったのかもしれない。だいいち僕は今、女の顔を思い出すことができない。じゃあ一体、誰とじゃんけんをしたのだろう?女と交わした不毛な会話はどこに蒸発していったのだろう。

 

 

 

 

・・・不毛な会話は氷の結晶になっていけばいい。(所詮会話は会話だ。)僕は嬉々として不毛な会話を冷凍庫の奥底にしまいこむ。時折それを取り出してグラスに入れ、溶けていく様子を見届ける。水になったら再び型に流し込み冷凍庫に入れる。(もちろん一滴も床に溢れてはいけない。)その時、型のそばにはお守りとしてジップロックに入れたコーヒーの粉末を置いておこう。僕は氷が徐々に出来上がっていく様子を想像しながら、切れ味の悪い包丁で、一個118円のみずみずしいトマトを切る。とりあえず砂糖はかけないでおこう。