何を書くか、何を書かないか。

70パーセントはフィクションだと思ってください。

「気分が良くて何が悪い?」 What is so bad about feeling good?

 

時々イヤホンを耳に突っ込んで周りの音を遮断します。周りの世界を自分の身体から切り離します。東京の街中を歩いていると、少し口ずさんだくらいでは誰も振り向きません。みんなが勢いよく歩くから僕もそれにならって勢いよく歩く。そうやって大きなものの一部に取り込まれていくんだ。日中は寂しい。その一部になれない気分が拭えなくて。それが夜、酒を飲んで酔ってみると大きいものの一部になれた気がする。とても不思議だけど今のところこれが私の持論だ。

春の夜風をじっさい肌で感じると、高校入学したての頃出来た彼女と学校の帰り道、手を繋ぎながら桜を見たことを思い出す。結構夜は遅くてやや肌寒い。ジャンパーを着るほどではない。そんな時間になるまで僕らは何をしていたんだろう?(そうだ、部活動だ。) けれども新入生は早く帰れたからそんな時間になるはずはなかったな。なんでだろう? (そうだ地元の駅のコミュニティスペースに寄って、本を読みながらその子を待っていたんだ。) そこで私の育った町の歴史に関する本を読んだ。貴族藤原氏は古き東北で勢力を伸ばしていた。「奥州藤原氏」ってやつです。私の近所の駅から一本道をまっすぐ行くと、小学校があってこの間(かん)ちょうど1キロメートルあります。小学校2年生?ぐらいの時にみんなでぞろぞろ駅まで行って、じっさいに1キロメートルあることを学習した。授業の一環で。今思えば、あれは何で測ってたんだろう。先導する先生はウォーキングメジャーでコロコロしてたのかな。それで、小学校を超えてまっすぐ行くと、目の前に高館山が立ちはだかります。その一本の道路のどこかに看板があって、歌が彫られている。

かくとだに えやはいぶきの さしも草 さしも知らじな 燃ゆる思ひを

 こんなにもあなた様をお慕いしていることを、言うことすらできない。
 それはまるで伊吹山のもぐさのお灸のよう。
 もぐさのようにくすぶる心を、あなた様はそれほどまでとはご存知ないのでしょう。
 わたくしのこの燃える想いを・・・。

引用  宮城・名取ゆかりの歌人「藤原実方朝臣」

 

なんだかひどく情緒的にさせる。あの夜、通りがかった公園に咲く夜桜がきれいだった。街灯の光が桜に反射して花びらが白く見えた。

写メとろ。あんまうまく写んない。えーもっと近づけて。(滑り台から)落ちちゃうよ。落ちちゃえばいいのに。ひどいそれ。ははははは。

 

東京と埼玉の往復、日々の行き帰りがある。景色はどれもこれも新鮮で正直言うとたのしい。余裕はないが、とにかくたのしいんだ。例えて挙げるならこんな気分だ。

「気分が良くて何が悪い?」 What is so bad about feeling good? (1936年)

村上さんの『風の歌を聴け』(1979)に出てくる架空の人物、デレク・ハートフィールドの言葉。この間(あいだ)もう一度読もうと手にとった時、上の言葉が浮かび上がって身体にすっと染み込んできた。そう、蘇った。通勤で改めて読もうと思った。僕はもう少し自分に正直になった方がいい。

 

私はイヤホンをつけることによって時々周りの音を遮断する。好きな音楽に没頭する。そのほかは町の音を聴いてみる。耳をすませてみる。いろんな声がある。これがなかなか面白い。もう一度言うが、これがなかなか面白い。私は今、至れり尽くせりと言ったら変だけど、これまでの部活の経験からすると、理不尽なことがあるとはつゆほども思わない。もちろん、時々へこむけれど、上司の指摘のそれぞれは大変真っ当で、潔い。素早くフォローをくださる。まだ三日しか経っていないけれど、教育って大事だ、って強く思うんだよ。僕は。あくまで新入社員の僕は。