「僕」と「私」と「わたし」の記録

87パーセントはフィクションです

雪の壁と顔のない女

 

 

 

 

 私は寝ていた。それはとても浅い眠りで、妙な感覚に襲われて目を覚ました。その場には前に付き合っていた彼女がいたにもかかわらず、私は誰だかわからない顔のない女性と交わることを考えていた。(というよりもその女性が私を求めており強くいざなおうとしていたので懸念せざるを得なかった)  私はどうしてかわからなかったが、全身の力がすっかり抜けてしまい、ある程度強く手を引かれると導かれるまま引きずり込まれた。今となっては、そこで見たものの断片をありありと思い出すことができる。

 

 

 

 

 私たちは雪山に来ていた。祖父母と父親と前に付き合っていた女の子と、誰だかわからない顔のない女性とその女性のと思える子どもが同じ車に乗り合わせた。子どもには顔があった。その顔はさっき電車で乗り合わせ隣に座ってきた女の子だった。その子は池袋で入ってきて北赤羽で降りて行くまで、ずっと窓の外を眺めていた。しげしげと眺めていた。

 

 私を入れて8人。その車にとって定員の上限ではなかったが、顔のない女性のだと思われる子どものためのチャイルドシートが大きく幅をとっていて、結果として私は車に乗ることができなかった。

 

 私は仕方なく「歩くよ」といい、足をかけていた車から降りた。すると祖母も「降りる」と言って車を出た。私たちは雪の降らない雪道をそろそろと慎重に歩いていた。雪道の雪は汚れひとつなく光を放っていた。雪は純潔さそのものを実現していた。

 

 どうやらそこに降る雪は水分を多分に含んでいた。またよくふみ固められているようで、歩いてみるとサクサクというよりはゴシゴシと、何かをこすりあわせるような音がした。私は小さい頃からこういう雪が好きだった。

 

 その雪道はところどころに穴が空いていて私は祖母に「気をつけて」と言いかけた。ある時私が後ろを振り向くとそこに祖母の姿はなかった。私は祖母が穴に落ちたのだと思って、もと来た道を引き返し、穴のある箇所に駆け寄った。

 

   足元には崩れた形跡があった。私は必死に祖母の名まえを呼ぼうとした。しかし、そこにいた私は声が出なくなっており(全くというわけではなく、しゃがれていてとてもじゃないが大声で人の名前を呼べそうにない状態だった)加えて私は祖母の名まえを知らなかった。(もちろんじっさいに知らないわけではない。あくまでその世界において)私は立ちすくみ、何をすればよいか分からず、ただひたすら待った。しかし後から思えば私は「おばあちゃん」と呼べばよかったのだ。

 

 周りは高い雪の壁になっていて、とても圧迫される気分になった。胸が押しつぶされそうだった。雪の壁は雪国特有の光景だった。公的な除雪車がどこからともなくやって来てそれはゴゴゴと大きな音を立てた。地面の雪を削って吸い込み、道路脇に吐き出す。それが積もり層を重ねていくと遅かれ早かれ「雪の壁」になるのだ。とても硬くとても冷たい。

 

 

 私はその時、多くの雪に囲まれていて、凍えるほどの寒さだった(はず)にもかかわらず汗は溢れでた。脇や手や、身体の至るところからとめどなく汗は溢れでた。そのうちオロオロする私はうめき声のようなものを聞きとった。雪道が何らかの外力によって崩されたであろう形跡のある箇所をかたっぱしからかき分けた。(それは、穴を掘るというよりかき分ける感じだった)私はいつの間にか、半透明でピンク色をしたプラスチック製の除雪用スコップを手にしていた。取っ手や柄の部分は木製だった。もしかするとそれは祖父の家にあったものかもしれない。

 

 

 雪を深くまでかき分けていくとたくさんの水が湧き出た。湧き出るそれら液体はいかにも冷たそうで、殺人的な気配をただよわせた。そのままだと私も穴に落ちてしまいそうだった。しばらくして祖母の姿は私の背後にあった。祖母はちゃんと生きていた。ずぶ濡れになりながらも強く立っている祖母の姿を見て安堵したが、それと同時に私は私自身が何らかの道徳(的信仰のようなもの)にそむき、なおかつ背信的な行為に手を染めたような感覚に襲われた。なぜだろう?

 

 あの時の私は、すすんで一人で歩くことを選び、祖母に「いいから車で行きなよ」と声をかけるべきだった。しかし私がそう思うのに反して、ずぶ濡れになった祖母の衣服や髪は急速的に乾いていった。驚くべきスピード、と言っても良いが、それはじっさい客観的に考えてみると、現実味を著しくそこなった形での急速的な「変化」に他ならなかった。

 

  

 

 

 

 ふと場面が切り替わった時私はずぶ濡れから急速的に乾いていった祖母とではなく、誰だか分からない顔のない女と一緒にベッドに腰をかけていた。そのベッドには高級感を思わせる雰囲気があった。ここはどこだろう?掛けるための羽毛布団の上には、臙脂色をした長めのベッドスローがきちんとかけられていた。皺一つ見当たらず乱れたところも見当たらなかった。そういえばその部屋には女性が連れていた子どもはいなかった。

 

 「あの子どもはどうしたの?」と私が訊くと女性は「知らないわ、そんなの。」と答えた。随分とぶっきらぼうな答え方だった。依然として顔はわからなかったが、声には聞き覚えがあった。どこかからジャズの音楽が聴こえてきた。その音からクラシック音楽ではないことだけがわかった。私は、それがなんの曲だったか思い巡らせてみた。ところが分からなかった。すると女性は私の心を読み取ったように、静かに「マイルス・デイヴィスのラウンド ミッドナイト」とだけ口にした。私はひどく驚いた。 

 

 

 

 はたしてあのチャイルドシートに乗せるべき年齢の子どもは誰の子どもだったのだろうか。ますます謎は深まった。改めて私は姿勢をただして「車に乗っていた時のことを覚えてる?」と訊いてみた。すると彼女は「覚えている気もするし、覚えていない気もする。もし私がそれを覚えているんだとしたら、それは、、、」そう言ったっきり何も言わず、口をつぐんだ。もしくは細かな質問にも答えようとしなかった。女性は意思を持ってなんらかのメッセージをこめ、示唆しようとしていたが私にはその真意を見つけだすことができなかった。女性は女性なりのやり方で沈黙を守った。

 

   ベッドの脇には時計やアクセサリーを置くためだと思われる木製の台があった。そこには二つのグラスが置いてあった。そのグラスは両方とも空になっていたが、グラスの底には何かの飲料が入っていた形跡があった。当分向こうからは何も話してくれないようだったから、私は仕方なくそのグラスを見つめ(私がそこにいることを自覚するまでの間に)透明なグラスに何が入っていたのかを考えていた。

 

 しばらくして私はベッドスローの話を切り出した。その話に女性は面白く感じたのかとても機嫌をよくした。顔が赤みを帯びたようにも見えた。(もちろん私はその顔を完成させるためのパーツは何一つ覚えていないのだけど。)そのベッドスローの話というのは、日本的生活様式ではない海外の人が靴を履いたままベッドに横になる時、靴などでベッドを汚さないために「ベッドスロー」はあるらしい、ということだった。とてもじゃないけれど薀蓄や雑学とも言えないどこかで聞いた話をただ受け売りするように私は話した。何故かわからなかったがその話に女性は強く反応し、顔には赤みを持たせた。いったいどこが面白かったのだろう?

 

 そして私は(自分でも信じられなかったが)その女性と交わった。だがしかしきわめて重要なそのあたりの事をよく覚えていない。今となってはどこまでが現実で、どこからが夢かわからなかった。(いや「どこまでが夢でどこからか現実なのか」かもしれない)この話にはいろいろな雑味が混じり合っていた。賞味期限がとっくに過ぎた出来の悪いワインのように。

 

 


Miles Davis - Round About Midnight (1967)