「僕」と「私」と「わたし」の記録

87パーセントはフィクションです

酸味が強いと言うか、あんずのような味がした

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転居先4日目。

 

私はいつまで、これから住むここを「転居先」と呼ぶだろうか。転居先の最寄りの駅から東京ではない方面に一つ行くと、これから住む地域に関する諸手続きができる区役所がある。

 

夕方5時前、私がそこを出た時、風向きは変わり気温はあたたかく感じられた。生ぬるい風が私の肌を撫でた。さらっと。陽は今にも落ちそうだというのに不思議だった。駅から吐き出される人々は涼しい顔をして至る方面に向かって歩いていった。私もそのうち、彼らの一部になれるのだろうか。私は駅併設の区役所近辺におよそ2時間半いた。

 

 

はじめそこについた時、待ち時間用の番号カードを受け取った。待ち時間は75分と示されていた。天気のいい平日の昼下がり、その区役所はみるみるうちに人は増えていき、最後には75分が90分に書き換えられた。時間があったから下に降り図書館でカードを作ろうと考えた。

 

 

「転出証明書では住民の証明はできませんで、カードをお作りすることはできません。すみません。」

「また出直します。お手数おかけしました。」

 

そう言って私は2階の図書館を出た。

 

 

 

 

その区役所近くの駅からこれから住む部屋までの道は初めてではなかった。一週間と少し前にやってきた親と一緒に、車で往復したことを除けばつい2日前卒業式を終えてからこの部屋までやってくる時、乗り換えや方面などを勘案し、最寄り駅ではない駅で降り、そこから県道一本道をバスで移動しようとした。

 

私はその時、帰り道に選ばれた一本道、一般の片側一車線の県道がよく混むことを知った。それが外環自動車道やバイパスへ繋がるものだったから、おおよそ予想はついていたが、夕方はまさにピーク時のような状態だった。

 

 

2日前は7分待ってやってこなかったので、ふたりのおばさんが横に待っているのをもちろん構わず歩くことに切りかえた。一つ先のバス停までにローソンがあったから、そこへ寄った。そして、ちょうどバスが来そうだったらそこから乗ろうと考えていた。パンと飲み物を買って外へ出ると、私の思惑どおり丁度やってきそうな感じがしたので、急いでバス停に向かって走った。乗ってみるとさきほど置き去りにしたおばさんたちが、幼子をだっこした女性の横で笑っていた。彼女たちはその幼子が笑うのに合わせて、笑っていたようだった。幼子はまるで洋風のホームドラマか何かに出てくるような笑い方をした。きれいな笑い声だった。

 

 

 

 

私は何かを書きたい気分になっていた。この頃、様々なイベントが重なって移動が多かった。しかし読めないなりによく本を読めていて、おとといは岸先生のトークライブに参加してメモするためによく指を動かしたから、何らかの形で私はアウトプットすることを欲していたのかもしれない。岸先生のイベントについてもゆっくりと書きたいと思っている。

 

 

 

区役所ではいろいろな人を見かけ、よくすれ違った。どんな思い、どんな背景があってこの人たちはここにやってきているのだろう、と考えると途端に、自分がとてつもない孤独な人間に思えてきた。なぜだろう。とにかく子連れの大人が多かった。夫婦と思える一対の大人も多かった。

 

 

「この街は子育てにいい!」という評をどっかで見たことがある。前に住んだつくば市もそうだった。本当に子供は減っているのだろうか、といつも感じていた。もしかすると現実的な問題は少子化よりも、子は少ないなりに入れる託児所や保育所のようなものが少ない、いわゆる待機児童問題の方が、事態は深刻なのかもしれなかった。どこかの新聞で目を通したことがある。「人口減で何が悪い」。あまりにインパクトが強くて後で読もうと切り取ったはずなのだが、どこに行ったかわからない。今度さがそう。

 

 

 

前回のクールで世の女性、あるいは男性をわかせた「東京タラレバ娘」の主題歌、Perfumeの「TOKYO GIRL」を聴いているとなおさら、自分がひとり取り残されたような気分にさせられた。なぜだろう?

 

 

太陽が射しこむ街で目を覚ます

情報を掻き分ける熱帯魚

平凡を許してくれない水槽で

どんな風に気持ち良く泳げたら

 

 

たくさんのモノが行き交う街で

何気なく見てる風景に

なにかもの足りない特別な

未来を指差して求めてる

 

 by Perfume / TOKYO GIRL 

 

 


[MV] Perfume 「TOKYO GIRL」(short ver.)

 

 

 

 

 

話を戻そう。

 

あわよくば昨日もそんな風に乗り込めればいいと思い、私の手元の時計が到着時刻を4分過ぎた頃、思い切って移動手段を切り替えた。前方にあるローソンに寄り、小さめのカルピスとツイストドーナツを買った。

 

 

 

だが昨日は、前回のようにバスがおとずれる雰囲気はなかった。その時、「ずっとやってきません」と耳元で誰かが囁いた気がした。そのカルピスは、500ミリリットルのものより酸味が強く、原液を飲んでいる気分にさせた。酸味が強いと言うか、あんずのような味がした。

 

 

 

 

すでに私の脚はクタクタだった。おととい程度、革靴で都内を歩き回って「この有様か」と思うと、自分の足を情けなく思った。あるいは少し寂しいような気がした。だがクタクタになったと言ってもそれは、脚が棒のようになり歩けないほどのことではなかった。私はよく昔から歩くのを好んでいた。大阪でも長崎でも和歌山でも山口でも仙台でも、そして東京でも、私はよく知らない道をずんずんと歩いた。ずんずんと。

 

私の脚はよくつかうと、外顆(外くるぶし、出っ張り)から膝にかけてつながる筋肉(腓骨筋など)が固くこわばり次第にジンジンしてきた。疲労がたまると一歩踏み出すたびに痛みを伴った。これがなかなか厄介で、よく走っていた頃もここをよくほぐしてやっていた。

 

 

 

 

心は動く準備をしていた私はどこまでいけるか勝負しようと思った。どこまでいけばバスに追いつかれるのか、私は急に試したい気分になった。聴いていたミュージックをスティーヴィー・ワンダーの「パートタイム・ラヴァー」にかえた。

私は何メートルかおきに後ろを振りかえり、バスの到来を確認したがそれは全くやってこなかった。混んでいるとはいえ車は順調に流れていて、その道路をひどい渋滞と呼ぶには程とおい状況だった。

 

 

 

 

バスはやってこない。いつまで経ってもやってこない。前方に浮かぶ外環自動車道の高い壁が目印だった。その自動車道の近くに私の住まいはあるから、それを目安にどんどん歩を進めた。「私が先についてしまうぞ」と心の中でつぶやいた。そんなのは誰も聞かないし、そもそも誰かに向けれられたものでもない。その呟きとともに私は歩をいっそうはやめた。

 

やがて私は乗るはずであったバスに追いつかれないまま、住まい近くの大きな交差点までやってきた。ついにバスは私を追い越さなかったのだ。

 

 

 

 

 

 

今日もいい天気だ。昨日タイムオーバーになってしまった警察署に行こうと思う。自首するためではない。運転免許証の書き換えをしなければならない。面倒なことは早くからやろう。

 

時間があれば書店などに立ち寄って、A4の半分ぐらいの大きさのページの見開けるノートを買いたい。トークライブの時、手帳1ページを半分に折ってメモしていたらそれがとても書きやすかった。

 

あれは、手に収まるいい感覚だった。