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懐古趣味

SHISHAMO の「明日も」、いい曲だね。


SHISHAMO「明日も」

 

「明日も」を聴いていると少し寂しい気分にさせられた。働いていけるのかな、って不安にもなった。気分的に引っ張り出されることを少し無理やりにでも書いておこうと思う。

部屋のものがどんどんと減って行く中で、過ごした3年間にみることのなかった景色をこの部屋に見いだすことが出来ていま不思議な気分になっている。先輩からロフトベッドと食器棚を譲り受けるにあたって、引越し当日はその先輩と先輩の父親、私と私の父親と運んだりしたから、そういった大きなものがない部屋を私の部屋だと認めることがとりあえず奇妙な気分にさせている。この生涯、多く持たないミニマリストのような部屋の片隅でポツンと体育座りをした経験がない私は、背の高いものが失せてスペースの広がった部屋でジッと体育座りしてみる。ここではいろんな歌を聴いて、いろんな本を読んで、いろんなDVD、TVを観て、いろんなものを食べた。そんなに人を招いたりはしなかった。それこそこの部屋に入ったのは親しい友人と恋人だけだ。この部屋はいろんな音、匂い、温度を吸収しただろう。そして私は人知れず涙を流したこともあったし、みられていないことをいいことに音に合わせて踊ったりもした。大抵、どこかにぶつけてその行いを後悔したりした。学生宿舎からの引越しの時も似たような気分になったけれど、その日数に差があるからか比べ物にならないくらい動揺している。適当な言葉を見つけて置いておくなら「情緒」が「不安定」なのだ。後頭部がむず痒かったり、胸のあたりがもやもや、ミゾミゾする。何か詰まってるのか一斉に検査してもらいたい。レントゲンを撮ったら白いモヤがかかっているなんてことはないといいな。

一人の人生を考えてみる。彼は少年時代から友だちとの諍いが絶えなくて、大好きな野球を手放したのも、他の種目に見出せた可能性に賭けたってよりは、その人間関係から離れることが望んでいたからではなかったか。

今日づけの夢の中で、教育大学にすすんだエースピッチャーの友人が出てきて教員採用試験に合格できなかったと彼は肩を落としていた。何人受かるものなの?と不器用な質問に対し、彼は左手の人差し指を出した。彼はサウスポーだった。誰が受かったとか知ってるの?と聞くと、あいつだよ。といった。そいつは私とスポ少時代にバッテリーを組んでいたキャッチャーの彼だった。彼は、TBSの下請けに就職しTBSに出向しているということを現実世界で聞いていたから、なんであいつが教員に?と思ったが、それ以上は詮索しないことにした。彼は下請けから上部に移動することを「出向」と呼んだ。上部に行ったからと言って給料は下請けの時と変わらないそうだ。キャッチャーだった彼とは「一緒にプロに行こう」と誓い合った仲でもあった。もちろん私にそんな素質はなかった。けれども一つだけ私が語るに値すると思いこんでいる出来事がある。「名球会」といういわゆる野球界の「殿堂入り」した人たちが年に一度教室を開くというのでスポ少の時二度ほど参加したことがある。今でこそ、そのおじいさんたちの功績を知っているから、割とすごい体験をしたと思えるけれど小学生時代の私たちにとっては、ただ野球に詳しいおじいさんたちだった。そこで特に覚えているのが山田久志秋山幸二だった。秋山幸二はハンサムだった。山田久志ブルペンにマウンドにずらっと並ぶ私たちの投球を見るために横に立っていた。順番が回ってきて緊張しながら3球ほど投げた後で彼は私に向かって「君いい球投げるね。足腰が丈夫でとてもいい」というようなことを言った。あの浅黒い顔をよく覚えている。これを特に美談にするつもりもないけれど、私は中学から高校へ移行し野球から去る時、かつて山田久志が投げかけてくれたその言葉を忘れていなかった。脚を使うのだ、と思った。私は運がよく良い指導者に巡り合ったこともあり、これまた運良くその世代で全国大会の10本指に入るランキングや成績を残すことができた。やがてこの大学に「入れて」もらえた。あの時山田久志にそのような言葉をももらえていなかったなら、その言葉にすがりつき野球を離れることを止めようとしなかったなら、私はこうしてこの6畳間の冷えた部屋で寂しくポツンと体育座りすることもなかったのだろうか。あるいはここでいろんな歌を聴いたり、いろんな本を読んだり、いろんなDVD、TVを観たり、いろんなものを食べたりすることはなかったのだろうか。そのほかにあり得た「もしも〜だったならば」の人生を思い浮かべ思案することは、果たして時間の無駄なんだろうか。それをこの一ヶ月間は時間の許すだけ問い続けたい。必要あらば入社後もずっとこの先の人生の中で考えていきたい。

何より私が一番に気にかけていることは、来月あたりからあるだけの時間を使って不意に思いついたことを書きつづるこのブログが継続できなくなるのかどうかということだ。あまりにくだらない悩みだけど、何かを手放す時そこに少なからず寂しさが生じるのは私にとって正常な反応だ。好かない人が去って離れていく時だって私はせいせいしたとか思うのではなく、ああもう話すことはないのかと余計なことを考えてしまうような性格なのだ。これをイマイチうまく表現できないし、それでいて一期一会とか簡便的できれいなことを言うわけではないんだけれども、そういう「分離」に何か意味を込めておきたいと思っている。ここでは「出会いの季節には別れがつきもの」とか使い古された言い回しはどうでもいい。そういえばその夢の中で私は、とある女芸人と恋仲である設定で、起きた時とてもいい気分がしなかった。