「僕」と「私」と「わたし」の記録

87パーセントはフィクションです

三が日の美容室

 

某予約サイトにアクセスすると、1月2日の空きは「19時のみ」となっていた。それ以外は、女性限定や4日から営業。私は今すぐに切りたいという衝動に駆られていたので、店の不在や女性限定といった絶対条件を差し引けば、どんな状況であろうとも車を走らせる気でいた。

寝正月の窓の外は、深々と落つる雪、ではなくて、サーサーと泣くように振る小雨の景色が続いていた。日中と日没とでそれなりの気温差があるためか、夜間は濃い霧で覆われていて、こんな中運転しったら100パー事故っぺな、と古い友人は笑って言う。また「19時になったらごはんも終わるだろうし、そしたらとんねるずのやついっしょ見っぺ」と言われたけど、私は切りたい衝動を抑えられず「切ったらすぐお宅に訪問する」と謎のメッセージを入れ、車を発進させた。

はじめ、グーグルマップで店名を検索すると「営業時間外」という文字が目に飛び込み、一目で怪しいと思った。サイトで予約もできたのにおかしい。なので私は、店がもうすぐそこ、というところで停車しハザードランプを焚いた。

普段は信用しないアイフォーンのマップアプリで検索を掛けると「山形駅裏」という情報が得られた。予約サイトの地図をよく見ると、確かにその住所を示してくれていた。はやとちりは、恐ろしくて「神は死んだ」みたいな気分にもなったし、グーグルに絶対はないという教訓を得た心もちで、いつのまにか大降りになっていた雨の中、ワイパーのかき分けを強めた。

 

山形駅前というと、いくら片田舎であろうと、駅近に駐車場が併設されてないだろう、という不安がよぎる。見事的中。なんとかして記憶を手繰りよせ、比較的大規模なスーパーの駐車場に車を止める。時間がなかったから金網のような柵を飛び越え、小学生のころが懐かしくなった。実家の近くに市営公民館があって、その金網の柵の高さは4メートルに及ばないくらいあった。野球に明け暮れていた頃のこと、その金網の柵を目掛けてバットをよく振ったものだった。

いくつかの問題をクリアした私は、世はお正月明るい路地で立ち往生しながらもなんとかして見つけ、その店のドアを押す。ザーザーと聞こえる雑音は、聞いたこともないようなEDMミックスのエンドレスリピートだった。数分おきに、DJと思しき男性が言葉を入れてくるので、もしかするとネットラジオの一種なのかもしれない。私は現在2,3年前のEDMを聞いているから、流行のEDMにはすごく疎い。Youtube先輩もよくそれを熟知している。予約サイトに見かけた男性店員の顔と本物が、多少異ならないかと思いながらも、多分この人なんだろうと決め込んだ。実際に、その店にはその男性店員一人しかいなかった。こんな雨の中に髪を切りに行ったので、風邪が長引いている。

 

 

私はあまり一つの美容院ないしは理容室に固執しないほうなので、時を見つけてコロコロと寝返っていた。つくばに過ごす4年間を括っても、5、6軒いったことがある。中でも落ち着いていくようになったのは、学校から20分弱かかるところに部屋を借りた私のその家のすぐ近くにある「大人の男性向け」的な雰囲気を醸し出す理容室。陸上部員がよく行くようになり、「陸上部です」というと(最早、そんな制度も形骸化したが)一律で2000円にしてくれる。いろんな面で優しい。

しかし、昨年は就活などで帰仙することが増え、そのたびにその場しのぎで地元で切っていた。全国展開するチェーン店で年中無休。でも理容室はちょっとおっさん臭いと思ってその店の美容室バージョンに行ってみた。これ特に、侮ることなかれ。それから3度ほど帰るたびにそこで切っていた。希望した仕上がりの達成が限りなく満足するもので、うれしかった。モデルや著名人、メディア人でもなければ、はじめから完璧なんてあり得ない。だからこそ私たちは達成に妥協点を見つけて、店にはいるまで抱きしめてきた「期待」を仕方なく押し殺すのだ。高ければいいってわけでもない。