三四郎

 

ようやく、前学期末のレポートがおわった。クリスマス、学期末試験、部活動の年納め行事、大晦日、元旦正月と、怒涛のいきおいで流れていった僕の冬休み。過去最高に早かったかもしれない。それだけ楽しかったということか。課題何ぞ、早くから手を付けていればいいものの、なかなかそれが出来ない。情けない。

 

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うちの近くにある洋菓子屋さんを調査してきなさい!という、意味のわからない宿題を出されたので調査していると、なんと徒歩5分圏内に6つもあったことが分かった。一つのお店の外装が気に入ったので、写真を撮ろうとしていると、店員のお姉さんが近寄ってきて、一つ買っていかない?と声をかけてきた。僕は照れてしまい、すかさず、また夜に来ます、必ず。といってその場を立ち去った。その時にみえたお姉さんの悲しそうな顔が頭から離れない。もちろん、夢のはなしだ。

 

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だいぶ話変わって。

落ち込んだときは、漫才を見るようにしている。どうしてかは置いておいて、この頃は『三四郎』というコンビにはまっている。(注意、漱石のではない。)あの滑舌はほんとうに反則だ。そうそう、「シャブって言ってねーよ!!サーブ!!」がとてつもなく好き。好きなネタを笑いには厳しい母親に見せたところ、転げまわるように(実際には転げていない)笑っていたのでそれもまたうれしかった。まあ「笑いには厳しい」というあいまいな表現を使ったが、ラーメンも笑いも好みがおおきく分かれるし、人様の評価はあてにならないので注意が要る。その「絶対的な評価」はありえないけど、多数が支持する好きこのみってのは存在すると思っている。それは結構あてになる。

 

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またくだらない話になるけれど、「社会」ってものをすこし考えるようになってから、「お笑い」を生業とする人は性質的にどんな人なんだろうとよく考えることがある。やっぱり特殊な職業だから、それはそれは生い立ちがドラマティックに描かれることが多かったりして、有名人にもなれば、再現ドラマを作ってもらえるくらいにはなって。こんな経験あったんですよーとか、そんでね、そんな経験あったからお笑いの道に進もうと思ったんですよー、とか。それ自体がホンモノのネタになるし、面白かったりもする。でも、それって実際のところ、どこまでが本当の「語り」なのかが分からないのでもっと先が、奥が、本質的な部分が気になる。なので、そういった意味で又吉先生の『火花』はとてもおもしろかった。実際に描かれることのない、焦点の当てられることのない局面を生きる芸人が、誰へ向けて自分の笑いを発信するのだろうか、という極限的な部分にフォーカスしていった本。

もっとも、人前で披露されることのなくなった「ネタ」はどこへ消えていくのか、うーん、どこを彷徨っているのか、気になる。

 

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新年早々と言えなくなってきた今日この頃。もう今年の大晦日が待ち遠しくてたまりません。同時に、もっともっと知りたいことがたくさんある。「ひとの違和感」について書ける日はいつ来るのかな。「お笑い」のカテゴリも作らなきゃいけないかもな。まとまらないけど、眠いからここらへんで終おう。

 

 

 

ちょっと読み返し(た方がいい)てほしいもの

 

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