「僕」と「私」と「わたし」の記録

87パーセントはフィクションです

やってみれば”たのしい”

 

My Revolutionを聴いていたらゾクゾクしてきたので走ってきた。昔母親と「有名人だったら誰に似ていると言われたことがあるか」って話になったとき、「渡辺美里だね」と言われたぐらいしか縁のない渡辺美里だけれど、この曲はそれなりに好きだ。だがわたし的には若いころの母親は飯島直子のほうが似てると思ってる。*1

走る理由はいくつかあった。一つは、入社予定の所に「自社のランナーズを読んでレポートしてください」という課題を出されてしまって、これは走っていないとかけないなと思った。ゆくゆくは、いきなりフルマラソンを走らされる。*2三月が恐ろしくて今から眠れない。そうこうしているうちに、ああだこうだ言いながら走り始めていた。ああでもないこうでもない…。

また、もう一つの理由は米国出身の友人がボブスレーの米国代表に選ばれたことだ。本当に喜ばしいし嬉しい!おめでとう!彼の頑張りを近くで見ていたわけではなかったが、頑張っている姿勢や知らせはSNSをつたい海を越えてビンビンと伝わってきていた。単身で日本にやってきてハードルや日本文化を学ぶのはわたしにとってもすごい刺激になった。そして、わたしもわたしのフィールドで「負けてはいられない」と覚悟させてくれた。

 

ところで話は少し逸れるがわたしは、日々の小さな出来事や変化を「いや最近は特に何もないなぁ」と言ってしまう人間になりたくない。実に細かくてめんどうくさい人間である。

冬へとまっしぐらの夜道に繰り出して花火の鳴る方へ向かった。そういえば今日は学園祭だったから、もしかしたらそれが最後のイベントだったのかもしれない。4年間この大学で過ごしてきてわたしはまともに学園祭を楽しんだことがない。去年、どうしても気になって、落研の講演を見にいったくらいか。友人はすごい滑っていたが、司会のリーダー格の人がタイプだったからそれはそれは楽しかった。本学初(?)の吉本興業への入社らしい。山田涼介を渋くしたみたいな顔だった。

 

久々トラックに降り立った。余りにも久しかったから「こんなに柔らかったかな」と驚嘆した。このゴムの上で約7年を過ごしてきた。胡座をかいて談笑したこともあれば寝転び遠くに広がる天を仰いだこともある。トラック脇で嘔吐したこともあれば、トラックを目前に控え室で涙したこともある。そんな一瞬を挙げ出したらキリはないが、それだけの瞬間と、付随する思い出が詰まっている。

その思い出のトラックに一度、個人的に別れを告げてから3ヶ月が経とうとしている。その日から、折角のトレーニングの誘いや実験協力の依頼は丁重にお断りしてきた。何故なら足の痛みが怖かったから。この身一つを資本としなければいけない人間が情けない御託を並べてしまい、諸方面に本当に申し訳なく思う。

それだけ物理的な"痛み"はわたしを困らせた。朝起きてベッドから足を下ろし地に着いた瞬間、甲の”痛み”に悶絶して授業を休もうかとしたほどだった。

 

かつて、誰かから見ればわたしの姿は輝いて見えたかもしれない。

が、当然のようにそうでない時の方が圧倒的に多い。わたしは、良くも悪くもそれに対抗すべきプライドや資質を兼ね備えてなかった。というところで勝負は決まっていたのかもわからない。”諦め”が早かった。それは否定的なイメージを持たせるが、わたしとしては新たなフィールドに繰り出すための準備の一つとして肯定的に捉えたい。どこでもなんでも言えることだがアスリートの成績も最高学歴のように捉えられる。始まりは微妙でも終わりが良ければ全て良しのところがある。今はまだ離れているけれど、いずれはまた陸上競技に挑戦しようと考えている。だからわたしは現時点で引退を宣言したりはしない。

幾人もの同期や後輩たち、ー恐れ多いけど先輩たちが、"美しい引退宣言"を大らかにしているのを見て、涙ぐみそうになったが、わたしはわたしで、からだからこころから何ひとつ違うのだ。彼らは彼らなりに一大決心としての人生選択をしたに過ぎない。それが極めて個人的で、合理的判断だったんだと思う。

しかし、そういった優れて秀でた者たちが「取り組みたくても取り組めない陸上競技」といったカタチで、各々の美しくて強い"物語"を鞘を納めてしまう時、それは実に”もったいない”ことだと思う。いまある日本社会の所為にしたくはないが、実際には回り回って何らかの理由があってそうなっている。一人の社会人が生きにくい世の中というのは、多かれ少なかれ、また程度は問わずアスリートが生きにくい社会でもあると思っている。

わたしがここでいくら叫んでも仕方ないのだけど、夜の冷えるロードを駆けながら思ったことを書き残しておくことは悪くないなと思う。

 

しかしまあ、今となっては、後輩に走っているところを見られて「誰あれ」なんて言われる始末である。

本来であれば今は卒論で手一杯でなくてはならない。ちなみにそれくらいの焦燥感は抱いている。わたしとしても今は罰ゲームやお仕置き的な負のサンクションのために"走っている"みたいだが、ゆくゆくは走ることこそが"ご褒美"のように走りたい。卒論も走ることも、やってみれば”たのしい”。

それに気づくまで、、、"Awareness"までが程遠い。。。

 

あぁ、くたびれた。

 

*1:名前が出てこなすぎて女優名鑑を見た

*2:(笑)