「僕」と「私」と「わたし」の記録

87パーセントはフィクションです

   蛍が飛びたったのはずっとあとのことだった。蛍は何かを思いついたようにふと羽を拡げ、その次の瞬間には手すりを越えて淡い闇の中に浮かんでいた。それはまるで失われた時間を取り戻そうとするかのように、給水塔のわきで素速く弧を描いた。そしてその光の線が風ににじむのを見届けるべく少しのあいだそこに留まってから、やがて東に向けて飛び去って行った。
   蛍が消えてしまったあとでも、その光の軌跡は僕の中に長く留まっていた。目を閉じたぶ厚い闇の中を、そのささやかな淡い光は、まるで行き場を失った魂ののように、いつまでもいつまでもさまよいつづけていた。
   僕はそんな闇の中に何度も手をのばしてみた。指は何にも触れなかった。その小さな光はいつも僕の指のほんの少し先にあった。 (ノルウェイの森 上 98-99)

 

  ちょうど一年前手に取ったこの小説には深くて不思議な思い入れがあって、わたしはこの夏休み期間に何度も手に取ろうとしていた。後輩と電話で話した後、やっとこれを手に取ることができた。寮に関すること、戦後日本の断片的な出来事を学ぶこと、そして小説を手当たり次第に読んできたこと。これらを経ていま、もう一度読み返すと見える何かがある。この本の象徴的な何かをまだ掴めないでいる。これは、恋愛小説でも官能小説でもない。

 

村上さん - 勢いあまって