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話すように書くのはむずかしい

 

 

きょうは暑かった。

 

明日にはまた暑くなるという予報を見て寝たわたしは、「あすは75度まで気温が上昇するので気を付けて」という文字をスマホの画面に見た。天気予報に関しては、tenki.jpをつかう。翌日は75度、その次の日は72度。めまいがした。しかしその字面をはっきりと覚えている。①これは現実か②はたして外に出ることは出来るのか③陽に当たっても大丈夫か④外気に触れても大丈夫か⑤とうとう地球温暖化はやばいということを思った。なにより、生きていけるのかと。

 

誰かに話したくなった。これはこの先のこの地球への警鐘だと感じ取ったわたしは誰かに話したくなった。朝の集合で一連の流れを話そうと思い友だちに「きょうの夢な、、、」と切り出したところで「おはようございます」という号令がかかって「で、なにしてん??」とせかされる。「おわったらはなす」と言って集合を終えたが、けっきょく話さずにグラウンドを後にした。教室へ向かう前にローソンに足を運んだ。わたしの彼女は朝からそこでアルバイトをしている。ふゆの朝はきつかった。なつであろうときついことには変わりないが、幾分楽ではある。というのも、わたしがきついのはなんかおかしい話である。「店員さん」を演じている彼女に商品を袋に詰めてもらい受け取った。そこでみた笑顔の方がわたしは好きだったりするが、ハンドルを握る横顔の方がやはり好みだった。

きのうの講義で先生は朝が苦手なんだと言い、当初の予定九時から三十分遅らせて授業を始めようとした。それもあってすこし授業まで時間があったので学内で新聞を読もうと思った。食べれなかった朝ごはんも食べようとした。食べたところで眠くなりソファに横たわった。新聞は顔にかぶせバッグを枕代わりにして眠った。すこし経ったころバッグを後輩に蹴られた。それでようやくわたしは起きた。そういえば、どんなにくだらないことであろうとも、日常に起きていること一つ一つを書き残そうと思ったら厖大な量になる。それは、スクリーンに映った重要なものをメモ書きしているのと同じであって、それはいわばフローな、流れていってしまう情報だ。大事だと思って強迫観念に駆られて先生もスマホで写真を撮るのはいいことだねと感心するそぶりを見せるので、しきりに映した。席の後ろの方はカシャカシャと音を立てていたが、すこし気を利かせて無音カメラで映した。ところで、きみは、沢木耕太郎の文章を読みなさいと言ったのは誰か思い出せないでいる。君はと言うくらいだから教授だったか、あるいは君はといってはいないのか。不思議な体験というものは、再現性がなさそうだなあ、もう一度巡り合うことはなさそうだなあと判断するところからそう感じるものである。ドラマや物語とは何のためにあるのか考えたことがある。竹取物語とか宇治拾遺物語とかむかしからあるものがたりは誰かの口によって、物を書く手によって語り継がれていったから物語化されたのかというとそれは違う。彼女たちの頭の中ではすでに物語は出来上がっていて、それを巻物に残した。流れる情報たちはあまりにもわたしにとって重要なことなので定義が曖昧である体力があるときにでも残そうと思う。そんなこんなをしているうちに地元仙台に着いた。仙台とても涼しい。