「僕」と「私」と「わたし」の記録

87パーセントはフィクションです

パン屋さんになろう

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幼稚園の頃、思い浮かべた将来の夢はパン屋さんだった。いっしょになろう、と言った友人は私が大学に入った頃に亡くなった。

わたしはたいせつな友人を二人亡くしている。

ひとりは、北京オリンピック、ソフトボール決勝の日、優勝が決まってからなので夜中2時頃にお風呂に入ってそのまま出てこれなくなった。止まった、らしい。あくまで伝聞だけど、あの時は本当に怖くて、怖くて、3日くらい眠れなかった。箱に入った彼を見たとき涙は出なかった。式場の部屋を出た途端、それは溢れ出た。彼の家はキリスト教を信仰してるかどうかでお寺に受け入れてもらえなかったときいた。いろいろ回った結果、わたしたちが通った中学校を一望できるすこし高台になった場所にお墓を建てられることになった。

鬱蒼とする茂みを掻き分けるようにして行くとたどり着くそこはとてもとてもとてもくらい。高校3年の夏の夜、何を思ったかそこへ行こうとした。もちろん思ったのは、行かなければならないということだけど、怖がりなわたしにはいま思えばそんなことはできなかったと思う。何かがわたしを駆り立てた、のか連れて行った、のかいまでも不思議になる。たどり着き手を合わせるまでは平気だった。合わせた手を離し、顔を上げた途端怖さが溢れ出た。振り返るとそこには、わたしたちが通った中学校があった。だだっ広い田んぼの上にポツンと大きく立っている。少しだけ安心して駆け足で降りて行った。

もうひとりは、上に書いた彼。彼は美容学校を卒業して大阪に働きに出て、一度帰ってきてたくさん寝ていると思ったら起きなかったらしい。あくまで、これも伝聞だけど、なぜか先に書いた彼のように容易にその様子が想像ついてしまう。

 

なんで人は死ぬのか、いまだにわたしは分からないでいる。ちいさい子に質問されたとき、なんとなくで答えてしまいそう。

悪どい人ほど長生きしてしまい、何かに秀でている人でこそはやくに神様の手元に置かれてしまうだとか、小学生のころ聞いたこの言葉は、いろんな価値観が転倒しているがよく覚えている。

 

お花屋さんになるのもいいかもしれない。朝顔と紫陽花とが綺麗な時期になった。こんなことを言うと、見た目とあってないよ、と言われる。

 

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