すこしだけ整理する。なぜ僕が「教員」になる道を選ばなかったのかについて。ひとことだけね

 

まずはじめに一つ疑問が。僕はね、大体いつもアクセス数が、記事書いて読んでもらえて50~60くらいなんですがね、昨日と今日と書いていないのにさっき確認したら120もある。「なんだすくね―じゃん(笑)」と思う人がいるかもしれないが、僕の抱えている「読者」なる方々は、現段階で35人を数えられる。その人たちがみんなきっちり4回ずつ見てやっとこの数に届くというのに...なんだこの数は。でもそれはおそらく有りえない。どういうこと?どんな仕組みがあると?

 

ぜひ、かっこいい人教えてください。

 

 

 

 さて、この三日間、怒涛の勢いで時間が流れていった。どこそこで何々したって話はいまのところしたくないので省きますが、主たる目的はおおむね就職活動のためです。

 

 新たにいろんな人と出会いました。いろんな話をしましたし話を聞きました。割合にすると多分3:7ぐらい。とにかくなんでもすごいと思って頷いたし、自分にもできることがたくさんあるんだと自信が湧いてきた。そのうち、掘り返してどんなことをしたのか書いていきますね。

 

 

 僕はあまり体育が好きじゃないけれど、この学校には入れてしまった。あの時にはある程度の実力があって、タイミングよく整えられた「制度」が僕を、大学の門を開いて招き入れてくれた。体育はあまり好きじゃなかったってこともあって、大学を志望した動機は「教員になるため」というやや単純かつ不純なもの。

 

 

 なぜ不純かって、「教員になること」が社会悪だとかそういうことを言いたいんじゃない。断じて。僕が大学に入学して2年と半年が経ったとき「僕には教員は向いていない」という結論を、その時は出さざるを得なくなった。「やるべき人は入学時から必死の思いで準備をしているんだ」とおもうと、自然と「こんなんじゃなれねぇ、なれるはずねぇ」と考えるようになった。それは一種の「諦め」に近かったと思う。きっと為末さんの「諦める力」というのに感化されていたこともあったんだろうけど。

とてもいい本。

 

 

 

 

走る哲学 (扶桑社新書)

走る哲学 (扶桑社新書)

 

 

 

 

 仲のいい友達に教員を本気で目指している人がいる。ふたりいる。彼らは本当に、先生になるために日々学んでいる。そんな彼らを横目に、僕は以前のようなスタンスを取り続けることは不可能だと思った。しかし、その選択をしてから心が軽くなった。(僕にとっては)無理をして教職課程の概論を学んでいることは苦痛でしかなかった。「教育」という観点から最重要視される教員の養成はこの社会にとっては不可欠だ。でも、僕がその制度に組み込まれることはできないと感じていた。他人任せというのではない、他人に対し大学の誇りをかけて最高の期待をしたかった。

 

 

 では、どうしたらよい学生生活が送れるかなと思った。その時に、たくさんの人と話してコミュニケーションを取ることと本をたくさん読もうってことが浮かんできた。いつやるの?の流れではないし、完全無欠な選択ではなかったかもしれないけれど、僕にとっては「今でしょ!」という意味でいい選択をしたと思っている。

そう、あともうひとつ、あった。「スポーツの力」を自分なりに問い直し、その力がどれだけ可能性を含んでいるのかを探ろうと思ったことだった。大袈裟だけど、だんだんとこれが現実味を帯びていくことになる。過度な期待や誇張とかではない。ある意味では「責任」や「使命」みたいなもの。上の二つそのものがまだまだやり切れていない部分が多くて -というか終わりはないんだけど今のところ楽しんで自分なりの創意工夫をしてやれていると思う。

 

 まず!スポーツの概念を変えていかなければならない。それは、主に対象としてこの日本に住む人たちを捉えている。日本に住んできた・住んでいる人たちはどのようにして間違った方向でスポーツを捉えてきてしまったのか。少しずつでも明らかにしていきたいなって思う。スポーツはしろ!っていうもんではないよ。すべて遊びなんだよ。って。

 

 

 

masa1751.hatenablog.com

 

ちょっとずつ僕らしさを失わない程度にアウトプットの方法を変えていきます。

もちろんブログを書きたいって思う、主たる根源は「雑談」やら「雑感」を置いていくことですので。