「僕」と「私」と「わたし」の記録

87パーセントはフィクションです

ふいに

こんにちは。ちょっとだけ落ち着いて書いていこうと思います。

 

昨日は卒論発表会と懇親会に出席してきました。修士の方はいませんでした。いろいろと思うところがあるけれど、一日を通して思ったことは、まず「準備は早いうちからしよう」ということでした。

 

楽しもうと思っている卒業研究・卒業論文の執筆、おわりの見えない就職活動、ケジメをつけなければいけない陸上競技の三つが4年生で大きくウエイトを占めることでしょう。そのほかにも、野望レベルでこまこまとやりたいこと・やらねばならないことがたくさんありますが、追って書いていこうと思います。

(きっとやらない)

 

 

ことしで定年退官される先生の言葉が胸に染みました。最終講義が再来週にあるので、最後に得られるものをきちんと得てきたいと思います。まとめはまたその時にでも。

きょうは、僕と「スポーツ社会学」の出会いとそれからについて書き残しておこうと思います。

 

 

出会いは一年次の「スポーツ社会学」の講義でした。毎時リアクションペーパーを出さねばならないのですが、それがまた炎上するわ炎上するわ、とても驚きました。授業のはじめのイントロダクションにて、「桐生君が9秒台出したって社会にとってはなんらたいしたことない」とか「チャンピオンシップスポーツの在り方は異常だ」とか歯に衣着せぬ物言いで、多くの聴衆を騒がせました。

 

なにせ一年次の僕らは解らないわけです。(感覚的に僕はその論に同調をしましたが。)例えば、そこらへんを日の丸のついたTシャツをきてうろうろしていることとかがおかしいわけです。でも、体育会の僕らが日常的に日の丸のついたTシャツを着ている人を学内周辺で見かけた場合こう思うでしょう。

 

「日本代表、それに匹敵するほどのクラスのプレイヤーなんだ!!」と。

 

 

社会では、主に市民社会ではそうはならないわけです。自分たちが住み着いているこの生活世界が、いかに偏狭で奇妙であるのかを自分たちはまだ知らない。いや、知ろうとしない。この時に初めて、社会がみていること・望んでいることと、僕らがスポーツを通して社会をみていること・望んでいることは必ずしも一致しないんだなと気づくわけです。そもそも異質なんだと。歩き回っている走り回っている僕らのフィールドは尋常のものではないんだと。

 

そうして「スポーツ社会学」の世界に誘われ導かれ、こんにちに至っています。

 

 

先生は、何を学ぶべきなのか、や何をしなければならないのか、などこれといったことは教えては下さりませんでした。が、それも今となっては解ること。あえて、教えなかったのです。

 

そこに必要とされ存在するのは、自分なりの方法論と解釈の仕方です。それをオリジナルで作らなければいけない。そうだと僕は思っています。これからはこたえのない世界だとよく言われますが、本当に答えがないんじゃない。それは、答えじゃないと言われながらも自分なりの答えにしなければならないことが、たくさんたくさんあるんだと思います。

 

学問が成立し発達していくためには多くの敵がいなければいけない。と先生は言いました。それは、学術機関の単位としての研究分野の競争がなければいけないということでした。スポーツ社会学は歴史がまだ浅いのです。親学問の社会学の成立自体が19世紀後半なので、そこからまた時間がかかって、やっとスポーツやら体育やらに焦点を当ててきたという感じです。そこで何ができるかというと、歴史が浅くて地位がないというわけではありません。僕はより深く入り込んでいける、伸びしろがあるんじゃないかと思うわけです。僕の望んでいるしっかりとした研究ができるかどうかわからないし、これからまた社会学の文脈がたくさん変化していくかもしれない。うん、絶えず変化するでしょう。でもまずやるべきことは、想像力を使い時空間を超えて歴史の転換点に立つことが出来るかどうかということです。


またこれは社会学に限ったことではありませんが、人文社会系は言葉を武器にしなければならないと言います。けど僕はそれよりもまず大前提において「想像力」が必要だと思っています。自分に何ができるかはまだわからないけれど、トライアンドエラーを繰り返して、やれること挑戦していきたいと思います。

 

ちょろっと書くつもりだったのがこんなにも長々と済みません。

また読んでください。