「僕」と「私」と「わたし」の記録

87パーセントはフィクションです

火花

ブログに対して思っていることを並べてみる

 

・ブログを更新していない日に限って(僕なりに)多いアクセス数が見られる

→ふしぎ

・どうやったらおもしろいことを書けるか

→なやみ

・みなさんはどうやっていろんな方に閲覧してもらっているのか

→ぎもん

・いつもあまり頻繁に書けない派なので、今月は結構頑張っている。大台に乗ったぞということ

→ほめて

・おもしろいブログはとことんおもしろいなぁということ

→あきらめ


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 かんたんにおもしろさは語れない。それは漫才師でも語れない。後輩に「読んでください」と言われてしまったので『火花』を半ば「仕方なく」、「読ませてもらっ」ている。60頁程進んだ今、想像以上におもしろくて、妙な高揚感を得ている。この小説の登場人物や、この作品自体は、お笑いという世界のシビアさを題材にして、特有のフランクさを纏いつつ、人間の生きる「本質」まで突き詰めようとしている。「帯」を読んだときしっくりは来なかったけど、少し進むとそれが分かってきた。現代小説に多い「成長小説」的な類のものだと思う。流石は無類の文学者好き又吉先生、使っている言葉は中々むつかしくて、うまく入ってこないのも分からなくない。なのでじっくりと、且つあっさり読んでしまおう。笑いとか、おもしろさってのは、結局のところ意外性なんだと思う、ギャップなんだと思う。そこにはその言う人やる人の立場や身分が少なからず関わってくる。「おもしろい」は心理的であって、社会的なんだろうな。浅学な僕も『火花』から学ぶことは多くありそう。