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ただの記録でしかない、

フィクションか何かだと思ってください、

りんご

 

リンゴの旬は、秋から冬にかけてらしい。シャキシャキとした食感が瑞々しくてとても魅力的だ。梨も同じような形容をしているが、味は全く異なる。どちらも僕は好きだ。
一人暮らしを始めて3年目になるけど、こうして果物に対してよい季節感を持てるようになったのは、日々を生き抜くためにスーパーマーケットに頻繁に出入りをするようになったためなんだろうと思う。ああいったところの商売は、その季節感にとても敏感で、常に私たちの購買欲求に対して、心理的な何かを駆使して訴えかけてくる。助かっている半面、それが、とてもアザトイ。 
 
 
寒くなったころを見計らい、どのスーパーマーケットも一斉に「鍋」フェアを催す。きのこ、はくさい、にんじん、肉、...などをいっしょに並べて、鍋用スープもその上部に常備させ飾り立てる。何を食べそうか迷うときは、そこから一式をゴッソリ持ち出して、鍋しようとする。とても楽で助かる。さぁ、鍋文化に感謝しよう。
 
 
秋という季節は長いようで短い。ついこの間まで「残暑」というキーワードをつかって、夏らしい催しがあったと思ったら、もうすでに秋だ。
秋という季節は悲しい。葉が色づきはじめ、きれいだと思っているといつの間にか落ちている。いまでは通学路に並んでいる街路樹も半分が禿げかけている。その姿が既に寒い。一方できんもくせいの芳香は、銀杏の悪臭に敵わない。押し負けるようにして、きんもくせいたちは、一年間で最も短い活躍する機会を終えていく。そして後になって、いつのまにか今年も終わっていたねと私たちは気づく。
 
 
 
僕は、クリームシチューのCMが頻繁に流れ始めた頃が、秋のはじまりだと認識している。
決まって舞台は、北海道(?)の雪化粧に染まった高原を背に立っている木こりの小屋だ。主人公が寒そうにして小屋に戻ると、そこには温かくておいしそうなシチューが待っている。日本中がどこでもあのような舞台装置を使えるというわけでもないし、あんな雪化粧に染まっているわけでもないけれど、決まってあれを見るとシチューを食べたくなる。「ビジネス」の手中にまんまと嵌まってしまっている、というんだろう。
 
 
 
 
祖父母からの贈り物に、リンゴが「ぎょうさん」入っていた。種類は「千秋」と「出羽ふじ」の二つ。食べ比べるわけではないけども、その違いが何となく分かる。シャキシャキとシャリシャリ、、、。去年も送ってもらったがあまりに一度に食べきれなくて、危うくなってころに「コンポート」にして食べた。
 
今年も困ったら、そうしようと思う。