「僕」と「私」と「わたし」の記録

87パーセントはフィクションです

強かさ

何においても、忘却というのはかなしい。


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自分は常に練習の記録をノートを書き残すようにしている。しかし、習慣化されている筈がたまに忘れてたりする。それがあまいかどうかとかいう論議は、そっち側のテーブルに置いておくとして、その忘れたところを思い出そうとして、必死になって思考を巡らせるのだけど、それがなかなか思い出せない。仕舞いには、それくらいにトレーニングの内容が薄かったのかな、とか浮かんできて悲観的になる。


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でも、人の記憶ってそんなもんなのだと思う。「思考の整理学」で有名な外山滋比古さんもそう言っていた。人の記憶や脳はすぐに忘れるように出来ている。


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例えば、昨日食べた晩御飯のメニューが思い出せないとかはあるあるなことで、それじゃあ、きのうの夜に晩御飯を食べたこと自体忘れてしまった、となると本格的な痴呆の兆候だというらしい。      

本当に本当にそれはまずいこと。


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話変わってきょう起きたことを少し話す。きょう学校のグラウンドにいた時、スズメがカラスに虐められていた。さんざんに痛めつけられ、仕舞いには咥えられて彼方へと飛んでいってしまった。その光景を真近で目撃した僕は何とも強烈な無力感を感じた。とても悲しくなったし辛くなった。自然の力の「凄み」を思い知らされた。でもこれは非日常の事象ではなく日常なんだろう。森羅万象、自然淘汰、弱肉強食の世界はこんなものなんだろう。この先、スズメの未来に幸あれ、と思う。

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強い人は強い。僕も強くなろう、と誓った。