「僕」と「私」と「わたし」の記録

87パーセントはフィクションです

1年記念日

雑談


人は外に出たくなる。ふつうは出たくなる。からだを動かして、外の新鮮な空気を体内に循環させて、さらにもう一歩踏み出したい。

となると、陽の光も必要になる。浴びなければ、からだは起きてはくれない。日光浴、と言うように、陽の光は全身で浴びるものである。今朝見たキャンパスが陽の光に当たっていて、とても綺麗だった。でも写真で見たらそうでもなかった。

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外に出たくなる。人は、なにも知らないと不安に駆られて外に出たくなる。
数百年前までは、外に出ては行けなかった。教育者として評価されている吉田松陰こと吉田寅次郎は、日本の外を見たくて外へ出ようとした。そこで、来航する黒船に突撃することを試みるが、言葉は通じぬ上、松陰たちの熱意は届かず艦員に捕らわれてしまう。のち、あえなく投獄された。時代は怖い。時代背景を理解することで、何かがわかりそう。




でも今はどうだろう。出ようと思えばカンタンに外に出ることはできる。ある先輩とのやりとりに興味深いことを聞いた。今の人は、自分の国をよく知らずして外へ出る。聞かれたら戸惑ってしまい濁すらしい。それはどこか、分かる気がする。だから、まずは自分の国のことをよく知らないと行けないのではないか、と僕は感じる。日本一周するくらいの勢いで、隅々まで知り尽くしておきたい。自分は、今しか出来ないこと、だけでまとめたくはない。それからでも遅くはないのではないか。
(この場合、旅行はまったく別で、留学などが当てはまる。それと、知るとか知らないとか曖昧な表現だが、許してほしい。)


この間イスラムでは、非情な出来事が起きた。あのように、宗教は甘く見ちゃ行けない。戦争の大半の根本は宗教同士のいざこざにあると聞く。その国その国とかの特徴は、宗教や文化が強く結びついている。なので、宗教や文化が映し出す習慣を知らないと、えらい目に遭ってしまう。時代背景に似てるように、各国自体のバックグラウンドなるものを知ることは大切だ。

比較文化の後輩の子がこんな本を貸してくれた。おもしろいです。早く読まないと。

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唐突だけれども、誇りとはなんだろう。その一つの事後でわかるものなのだろうか。でもぼくは今誇りとは何か分かりかけているような、掴みかけているような気がする。



何もまとまらないまま、ただ、1日を過ごしてゐる。




この部屋に越してきてから丸々1年。
今日は1年記念日。今日くらい、家に居よう。遠いけれど、なんだかんだでこの家が好きだ。


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